君を咬み殺す3 | ナノ




傾く感情
 ドサッ、と床に放られた。

「……え、ちょ」
「何」
 ふすまを閉め平然と答える雲雀に、雛香は頬を引き攣らせた。
「なに、じゃねえよ!しかもここどこだよ」
「僕の地下アジトの僕の部屋」
「の、床になぜ俺はいるのかな?」
「床じゃないよ、畳だ。いつもはそこに布団が敷いてある」
「んなこと全くもって聞いてねえよ」
 顔をしかめる雛香をおかしそうに見下ろし、雲雀はくっくっと喉で笑った。
 起き上がろうと手をついていた雛香は、驚きに思わず動きを止め、顔を上げる。
 
 黒いスーツに身を包んだ相手は、随分と背が高く見えた。当然か。自分が知る彼より、10歳年を取っているのだから。
 その大人びた顔を綺麗に崩し、雲雀は楽しそうに笑っていた。
 ちょっと新鮮な気持ちでその顔を見つめる。10年後の雲雀の笑った顔を見るのは、初めての事だった。

「……何。じろじろ見て」
「や……お前、綺麗に笑うなあと」

 するり、口から零れた言葉に自分が1番ぎょっとした。
 何言ってるんだ俺は。

「いや、別に、今のは……!」
 慌てた様子で手を振り出す雛香に、驚いたように瞬きをした雲雀は、またもくすりと笑った。

「そう。……誘ってるってワケだ」
「……は?いや何言って、て、おい!」

 畳に付いていた手を軽く払われる。途端、床に沈み込む自分の体。
 ぐっ、と頭の横に手をつき、頭上を覆う相手に目を見開く。
 雲雀はこちらを見下ろしたまま、うっすらと笑んだ。

 え、待て、
 これは、いったい。

 どきどきと妙なほど跳ねる心臓に、雛香は思わず息を呑む。
 完全に硬直した雛香の前で、雲雀はそのまま顔を近付け――。


 軽く、こめかみに口付けた。


「……へ」
「何」
 一瞬、額を掠めた唇はすぐに離れていった。
 膝をつき、ぱっと立ち上がる相手をぽかんと見ていた雛香は、同じく畳から起き上がりながら口を開く。

「は、何?そ、」
 そんだけ?
 言いかけた言葉に思わず口を押さえる。
 いやいやいや、何聞こうとしてるんだ俺は。

「……なに?」
 ふっ、と笑った雲雀は、楽しそうに、というより加虐的にこちらを見返した。

「……ああ、もしかしてそれ以上されたかったの?」

 一瞬、言われた言葉にきょとんと相手を見つめ、
 理解した瞬間に、叫んだ。

「違うっての!!」
「へえ、そう?」
 相手は眉をつり上げ、どこまでも楽しそうにそう言い放つ。
 思わずさらに噛み付こうとした雛香の前で、雲雀はスーツの襟元から何かを取り出した。

「君を連れてきたのは、これを渡すためだ」
「……は?」

 眉をひそめ、雲雀を見つめる。
 こちらの疑問に頓着する様子もなく、雲雀は平然と手を差し出してきた。
「手、出しなよ」
 言われ、手の平を上に出す。
ころ、とその上に落ちたのは、小さな四角い、
 
「匣……!」
「そう、君が使っていた……大空専用の匣だ」

 驚いて顔を上げる。
 雲雀は真顔でこちらを見下ろしていた。

「……ただ、リングは無いよ。10年後の君は壊し切ってしまっていたから、」
「リングならある」
「は?」

 珍しい。雲雀は本当に驚いた顔をしていた。
 内心ちょっと愉快に思いながら、雛香は懐からリングを取り出す。

「……これ、」
「球針態の中で貰ったんだよ。……なんか色々あったけど、」

 そこで、ふと騒がしい2人の先祖が思い浮かび、雛香はげんなりした。脳内から白い双子の姿をさっさと追い払う。

「これがあれば……匣、使いこなせるってことだよな」
 受け取った匣を手の上で転がす。たいして重みのないそれは、いとも簡単に手のひらを転がった。
 ふと、脳裏を掠めるは、自分とよく似た顔立ちの青年。

『……匣は、ボンゴレの雲が……』

 なるほど、そういうことだったのか。
 1人勝手に納得した雛香の前、突如雲雀が手を伸ばし、がしりとこちらの手首を掴んだ。

「は、何だよ」
 ぎょっとして相手を見上げる。
「……それ、まだ使ったら駄目だよ」
「は?」
 ぽかん、と相手を見上げれば、やけに真剣な顔が視界に映った。

「君には経験が足りなさすぎる。……明日から僕が手合わせしてあげるから、開匣するのはその後だ」
「……え、ていうか手合わせ、って……」

 物凄く嫌な予感しかしない。
 頬を引き攣らせた雛香に、雲雀はいつの間に取り出したのか一対のトンファーを構え、

 にやりと、笑った。


「……相手しなよ、雛香」


 やっぱりな、と雛香は思わず深々とため息をついた。





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