ただいま、そして
「……な、」
ぎゅうう、と無言で体を抱きしめる雲雀。
痛いほど強い腕の力に、雛香は自分の心拍数が急上昇するのをはっきり感じた。ほぼ反射で抗議の声が口から転がり出る。
「ちょっ、痛いってのバカやろっ、」
「良かった」
耳元で聞こえた低い声に、思わず、喉を出かけた言葉が止まる。
「君が無事で、本当に」
「……え、ひば、」
「良かった」
強く体を抱きしめる腕が、微かに震えているのに気が付く。
どうしていいのかわからず硬直する雛香の耳元で、低くかすれた声音が聞こえた。
「……悪かった」
「へ……何が」
「首、痛かっただろう」
「え、あ、ああ、まあ」
「嘘をついた」
「……ああ、うん」
「君に憎まれれば、君が僕に近づかなければ、もう失うことはないと思った」
目を開く。
こちらの首筋に顔をうずめる雲雀の、その表情は窺えない。
「……でも、わかったんだ」
「なに、が」
「僕には、もう耐えられない」
「……え、」
「例え憎まれたとしても離れたとしても、君に何かあったとしたら、僕は、」
僕は、生きていけない。
瞬きを、繰り返す。
いつの間にか頬をつたっていたのは、皮膚を焼くように熱い、濡れた何かだった。
「……うん」
だらりと体の横に垂れていた両腕を、黒い背中に回す。そのまま、雛香はぎゅっと雲雀を抱き返した。
強く強く、痛いほどに。この腕の感触を、その背中に刻み付けるように。
聞けていないことは山ほどある。
なぜそんな無意味な嘘をついたのか、なぜあんなに苦しそうな目をしていたのか、
そうだ、廊下で雛乃と抱き合っていた理由も、そう、何もかも聞けていない。
でも、
でも、もうどうでもいいかな、と思った。
こうして体を暖かく包むこの両腕が、強く抱きしめるその手の力が、
耳元で微かに聞こえる雲雀の吐息が、
なんだか、今まで胸元を塞いでいた全てを溶かしてくれた、
そんな気がして。
「……ひばり、」
ねえ、雲雀。
もうこの想いは、伝わっているかな。
「……俺、」
お前のことが、と続ける前に、
雲雀の唇が、雛香の口を柔らかく塞いだ。