31日がやってきた。
まだ明るく、パーティーが始まる前だというのに神社はもうすでに若者たちで溢れかえっていた。
そこにはいつか清水が言ってたような、魔女、悪魔、吸血鬼、等などをはじめいろんな格好をした人がいた。
とりあえずこういったネタに鈍い満月にも、メイド服やチャイナ服が何か間違っていることだけはわかった。

「いや、でも私は満月の格好も大概だと思うけど」

「え、そうかな?」

困惑したように自身の格好を見下ろす満月は、巫女装束。
神社の娘だからこれくらい着て全く違和感は無いが、確かにハロウィンパーティーには向かなかったようだ。
ありがたくも指摘をくださった梓はキュートな魔女の格好。
かと思いきや、その髪はどうやったのかわからないが、太く巻かれて爆発していた。

「ねぇ、梓…その髪…」

すごいことなってるからやり直した方がいいんじゃないか。
そう言おうとした満月だったが、梓の言葉に心底言わなくて良かったと安心した。

「あ、これすごいでしょ!なんてったってメデューサだからね!なんとか蛇っぽくしたくてすっごい苦労したんだぁ!」

嬉しそうに髪の毛をいじる梓に満月はとりあえず感心したように相槌を打っておいた。
魔女じゃなかったんだ。めでゅーさ、だったんだ。

うきうきしている梓に、めでゅーさってなに?とは聞きにくかった。
つい最近までは自分と同じようにこういったモノには疎かった梓だが、いつの間にかめでゅーさなるものが常用単語として飛び出すほどになっていたらしい。
その背後に眼鏡きらめく誰かさんの偉そうな笑みが浮かび、満月は慌てて頭を振った。

「ん?満月どしたの。突然頭なんて振っちゃって」

「ううん、青春だなぁって」

なにそれ、と笑う梓の背後から歩いてくる知り合いに目を向けると、梓も振り返る。
そこには宣言通り、狼男の格好をした京太朗と吸血鬼の格好をした清水の姿。
なるほど、似合ってる。
なんて思いながら2人を見ていると、その周りを少し離れて取り巻く女子たちの姿に気がついた。

「あれ、なんかあの2人中心に円になってない…?」

「あーまぁ、顔だけは悪くないからねぇ」

どこかうんざりとした顔で言う梓に満月は驚いた。
そうなのか、あの2人は顔が良いのか。
今までそういう対象として見ていなかったせいか、まったく気がつかなかった。

当の2人は全く気にならないようで、慣れた様子でこちらに歩いてきた。

「よっ、モテ男」

「梓ちゃんちょっと目が怖いなぁ〜?」

ガクガクと震える清水のマントを引っ張り、梓はその頬にちゅっと口付けた。
目を見開いて呆ける面々には全く気付かない様子で、梓は言った。

「血を吸うのは、私だけにしてね」

「はいいいいいい!!!」

真っ赤になってインテリ美少年形無しの清水と、まさに魔女らしい笑みを浮かべた梓はパーティー会場の中心へと歩いていく。
その間でがっちりと組まれた腕を見ながら、京太朗と満月はいっせいに息を吐いた。

「まさかあいつ等があんなことになってたとは…」

「ね、私も知らなかったよ…」

気がつけば太陽も沈みきる頃で、みんなで作ったカボチャ型のランプに火が点される。
ようやくハロウィンパーティーの雰囲気が出てきたようだ。

人垣の中から聞こえる清水の開会宣言に満月は思わず横に立つ京太朗を見た。

「あん?何だよ」

「えっと、京ちゃんが開会宣言するんだと思ってたから…」

「あー…」

満月の言葉になぜか気まずそうに頭を掻く京太朗。

「開会宣言とかするとよー」

「うん」

「アイツ等に混じんなきゃなんなくなるしよー」

そういって見つめる先は、いつも京太朗がつるんでいる男子集団。
早速清水を巻き込んで騒いでいる。
梓は清水を取られて不満そうにしているが、すぐに他の友達と談笑を始めていた。

「そしたら、さ」

そこでチラリと満月を見やる京太朗に、満月はただ首を傾げるのみ。
だって、何が言いたいのかわからない。
その満月の様子に京太朗は突如奇声を上げてしゃがみこんだ。

「あーーーーっ、くそっ」

「え、京ちゃんどうしたの?大丈夫?」

合わせてしゃがみこみ、心配そうにとりあえず背中をさすろうと伸ばされた満月の手を京太朗が掴む。

「え、」

「満月誘おうと思ったから!」

パッとあげられた京太朗の顔は思いのほか近くて、満月はその耳がかすかに赤いような気がした。

「う、うん」

あれ、おかしいな。なんでだろう。
京太朗につかまれていない方の手を胸に当てて、びっくりする。
なんでこんなに心臓ドクドクしてるの?
今まで京太朗に抱きつかれたり、のっかかられたりしても、まったくなんともなかったのに。
今は、なぜか手首から伝わる熱だけでどこかに飛んでしまいそうになっていた。

わわわわかんないよ…!

パニックを起こしそうになって、慌てて立ち上がった満月の元に駆け寄ってきたのは、さらにパニックを起こしていた梓だった。

「ちょちょちょ、満月!やばい!超やばい!」

「え、何―」

何が超やばいの、と聞く間もなく腕を引っ張られる。
あ、と思わず京太朗を振り返るが、京太朗も突然の事態に順応できずに、ただ唖然とそれを見送っていた。

「もうホント、超やばいの!あれはやばい!あんなの反則だって!」

先ほどから意味を成さない日本語でまくし立てる梓に引っ張られ、辿り着いたのは広場の中心。
一番ドンちゃん騒ぎが激しいところだ。そこに一体どんな"やばい"ものがあるのか。
あまり変わり栄えのないように見える情景に満月は首を傾げる。

「あ、いた!」

その時だった。
梓がすっと伸ばした腕に導かれるように、視線を上げる。

それはお祭り騒ぎから一歩はなれた場所で、暗がりの中を一つのカボチャが灯っていた。
そこに一人の男が立っていた。
少しだけ着崩された白っぽい浴衣は、月とランプに照らされ銀に発色している。
それをから上を辿ると、ハッと息を呑むほどの美青年が佇んでいた。
月を見ているのか、空を見ているのか。
上空に投げられたその瞳は、なぜか金色に輝いて見える。

「あれ、カラコンかなぁ。超凝ってるよね!てかマジかっこよすぎ!」

小声で騒ぐ梓の声にも満月は反応できなかった。
なぜなら、彼が美しい銀髪をしていたから。
それが何よりも満月の目を惹きつけた。

流れるような、綺麗な銀髪。
肩に少しかかるくらいで、女性的な美を醸し出すのに一発で男性だとわかるのはその雄雄しい雰囲気のせいか。
頭部からひょっこりで銀の耳と、背後から揺れて見える銀の尻尾。
確かにコスプレにしては懲りすぎていた。

「―…ろ」

小さく漏れた満月の声。
え?と隣にいた梓が聞き返すが、それよりも先に銀の耳がピクリと動いた。

合わさった視線に満月は全身がしびれるような感覚に陥った。
けれど実際はそれよりも早くに駆け出していた。

「え、み、満月…!?」

驚いたような梓の声はまったく耳に入らず、満月が一直線に向かうのはあの人の元。

「チロっ………!!!」

銀髪の美青年は、淡く笑んだ。