古書店
「あれ? ここ、今日は開いてるんだ」

海宝街の一角にある古書店の看板を掲げた小さな店。
いつもは閉めきって明かりもついていないその店の扉に「open」と書かれたプレートが下がっていた。
前を通りがかったちさきと紡は物珍しさに立ち止まる。とくに紡が興味深そうに店の扉を見つめた。

「少し入ってみるか?」

「そうだね。電車がくるまで、まだ時間もあるし」

扉を引いて中に入ると、古本特有の甘い匂いが鼻についた。
入り口の横にあるカウンターに座る老女に「いらっしゃい」と声をかけられる。軽く会釈をして、紡は規則的に並んだ本棚に向かった。
その背を見送ってから、ちさきは老女に気になっていたことを尋ねた。

「ここ、いつもは閉まってましたよね?」

「しばらく入院してたからねえ。今はよくなったから、たまに開けてるのよ」

そうだったんですか、と相槌をうち、しばらく雑談を続ける。この店主は客との会話を楽しむために店を開いているらしい。
いくつかおすすめの本を教えてもらい、ちさきは礼を言って本棚に向かった。

本棚はどれもぎゅうぎゅう詰めで、溢れた本が床にも積み上げられていた。学校にもあるような全集や図鑑から昔の雑誌、さらには外国語で書かれた本など、ジャンルを問わず置いてある。読書好きには堪らない空間だろう。
紡もなにか見つけただろうか。

探してみると、すぐに奥の本棚の前で熱心に本を読んでいるのを見つけられた。
紡の持つハードカバーに書かれている題は、先程店主に教えてもらったおすすめの一つだ。奇妙な生き物ばかり載っている図鑑で、見ていて飽きないのだとおかしそうに語っていた。

「なに?」

視線を感じたのか、ふいに紡が振り返る。
ちさきは驚いてから、申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん、邪魔しちゃって。その本、さっき店主さんが面白いっておすすめしてくれたものだったから」

「見てみるか?」

紡は本を少し傾けて、開いていたページをちさきに見せた。
紡の隣に並んで、本を覗き込んでみる。
店主から聞いた通り、右のページ一面に奇妙な魚の白黒写真が載っている。左のページはその解説らしい。
写真の魚はなんとも独特なフォルムで、気味が悪いのに不思議と愛嬌があった。
その姿に、ふと昔のことを思い出す。

「あっ、この魚、昔見たことあるよ」

「……これ、絶滅してるらしいけど」

「えっ?」

では、記憶違いなのだろうか。確かにこの魚だと思ったはずなのに、自信がなくなってきた。おぼろげな記憶とはっきりしない白黒写真が重なってしまっただけなのかもしれない。
「じゃあ、勘違いかも」と弱々しく言いかけ、見上げた紡の横顔に音にならずに消えていった。

「見つかってなかっただけで、本当はまだいるかもしれないんだな」

魚の写真を見る紡の瞳は海を見る時と同じように輝いていた。
ちさきはその横顔をぽかんと見つめる。そのうち不思議とつられて微笑を浮かんで、本当にあの魚がこの写真と同じものだったらいいなと思った。



古書店はロマン。絶滅種や未確認生物もロマン。
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