「あっ、ギョッキーだ」
紡の部屋に急須と湯呑を運んできたちさきは、紡が咥えていた菓子を見て呟いた。
「そういうお菓子買うの、珍しいね」
「いや、この前研究室の人に貰ったんだ。なんか、ギョッキーの日だからって」
「ああ、11月11日だっけ? サヤマートでもちょっとセールやってたよ」
話しながら、ちさきは湯呑に茶を注いで紡に手渡す。
紡は受け取って机の上に置くと、ギョッキーを一本摘まんで先をちさきに向けた。
「食うか?」
「うん」
と頷いて、ちさきは紡の手元に顔を寄せてギョッキーを齧った。手渡すつもりだったので驚いたが、これはこれでいいか、とそのまま紡はなにも言わず、ギョッキーを持ったままでいた。
指先にかすかに唇が触れて、離れていく。顔を上げたちさきは口の中のものを飲み込んで、口元を綻ばせた。
「これ、新しい味だね」
「そうらしいな」
「結構好きな味かも。ねえ、もう一本いい?」
断る理由はなく、ねだられるままにもう一本摘まみとってちさきに向けると、また当然のように紡の手から食べはじめた。
その様子に、ふと、ある光景が思い浮かぶ。
「魚面相に餌やってるみたいだな」
「……それは微妙」
ちさきは顔を上げて、不服そうに紡を睨み上げた。
「そうか? 可愛いと思ったんだけど」
「そりゃ、紡にとっては魚面相でも可愛いだろうけど」
「いや、ちさきが」
真顔で訂正すると、ちさきはぽかんと口を開けた。しだいに顔に熱が集まっていき、唇をわななかせる。
「怒ってる時にいきなり恥ずかしいこと言わないでよ!」
「いつも思ってることでもか?」
「だから、そういうことを……もういい」
諦めたようにちさきはため息をついた。俯いた拍子に髪の間から見えた耳が赤い。
紡は宥めるようにギョッキーをちさきに向けた。
「もう一本、食うか?」
「……魚面相と比べないなら」
「わかった。もうしない」
頷くと、恥ずかしさを誤魔化すような拗ねた顔で、ちさきは紡の手からギョッキーを食べた。
凪あすの世界ではポッキーではなく、ギョッキーだそうですね。