提灯揺れた
「よし、また10点!」
「こっちも10点」
しばらく出店を見て回っているうちに、いつの間にかアオイ兄とヒヅキ兄は出店のゲームで勝負をはじめてしまった。今は輪投げで競っていて、現状はどちらも見事10点のところにばかりいれている。白熱した試合に、いつの間にかギャラリーまで出始めていて、野次を飛ばしながら勝負の行方を見守っていた。もちろん、1番熱心に応援しているのはコウとルナだ。
「ぴかぴか」
「ん? どうしたの、ヒカル?」
勝負と野次馬を少し離れたところでハヅキ姉とぷりちゃんと一緒に見ていると、ヒカルがおれの髪を引っ張った。
ヒカルは目を輝かせて、鼻をひくつかせている。その視線の先には、わたあめ屋があった。
「ハヅキ姉、ちょっとわたあめ見にいっていい?」
「わたあめ? ああ、あそこね。もちろんいいよ」
ハヅキ姉に許可をもらい、人混みをかきわけて、わたあめ屋に向かう。
屋台では、ひとのよさそうなおばさんが真ん中が盛り上がったタライみたいな機械の中で木の棒をぐるぐると回していた。すると、どんどん白いふわふわがでてきて、木の棒に巻きついていく。
まるで小さな雲がここで生まれているみたいだ。魔法みたいな光景に、思わず見入ってしまう。
しばらくして、ある程度の大きさになったところでおばさんは機械の中からわたあめを取り出した。
「買っていくかい?」
おばさんはにかっと白い歯を見せて、おれたちの前にふわふわのわたあめを差し出した。
「はい、2つください」
「はいよ。それじゃ、200円ね」
代金を払って、まずは1つ受け取る。おばさんはまた機械の中で木の棒を回し始めた。
受け取ったわたあめを持ったまま、また機械の中を覗いていると、ヒカルがわたあめに向かって手を伸ばした。ぴーか、と急かすように鳴き声を上げる。
そのことに苦笑して、おれはヒカルにわたあめを渡した。
ヒカルは一口食べると、ふわふわと口の中でとけていく食感に驚いたのか不思議そうな顔をしたけれど、そのうち口の中に残った甘さに顔をとろけさせた。
「はい、ぼっちゃんの分」
「ありがとうございます」
おばさんからもう1つのわたあめも貰って、ハヅキ姉のところに戻る。
もう勝負はついたのか、野次馬は解散していた。そのせいで一瞬どこにいるのかわからなかったけれど、ヒヅキ兄たちが輪投げの景品のきらきらと虹色に光り輝くうちわを腰に差していたおかげで、暗がりでもすぐに見つけられた。
……アオイ兄はともかく、ヒヅキ兄はピカチュウのお面で顔を隠しているから、少しシュールだな。
「勝負はついたの?」
「引き分け。2人とも外さなかったから」
ハヅキ姉が肩を竦める。
「次だ、次」
アオイ兄は不機嫌そうに足を進めた。ヒヅキ兄に勝たなきゃ、気が済まないんだろうな。
それはヒヅキ兄も同じなのか、やっぱり不機嫌そうに下駄を鳴らした。
いつも通りといえばいつも通りだけど、2人ともずいぶんヒートアップしてるな。
「ヒヅキ兄もアオイ兄も、わたあめでも食べてクールダウンしたら」
「ありがとう」
ヒヅキ兄は素直にわたあめをちぎると、お面をずらして食べた。お面に隠れて顔は見えないけど――見えても、ヒヅキ兄に表情の変化なんてほとんどないけど――甘いものを食べて、どことなく機嫌はよさそうだ。
「くれるって言うなら、貰ってやるか」
憎まれ口を叩きながらも、アオイ兄も一口分ちぎって口に運ぶ。口に入れた途端、「甘いな」と呟いたけれど、嫌そうな声ではなかったから、嫌いではないのだろう。よかった。
「ハヅキ姉もどうぞ」
「わたしにもくれるの? ありがとう」
ハヅキ姉も一口食べると、「ふわふわしてて、おいしいね」と笑ってくれた。
おれは「そうでしょ」とちょっとだけ得意げになって頷いた。
ヒカルもおれの真似をしたくなったのか、肩から降りてコウとルナとぷりちゃんにわたあめを配った。
3匹とも素直に口入れると、さっきのヒカルと同じように不思議そうな顔をする。
ふわふわと口の中で消えていく食感は、やっぱりポケモンには珍しいらしい。けれど、そのうち口の中に残った甘さに、コウとぷりちゃんは頬を押さえ、ルナは尻尾を振った。
コウが労うようにヒカルの頭を軽く撫でる。そこにぷりちゃんも加わって、ヒカルはくすぐったそうに身を捩った。ルナはヒカルを撫でることはなかったけれど、短く鳴いてお礼を言ったようだった。
ヒカルはみんなにお礼を言われてテンションが上がったのか、ぶんぶんとわたあめを振り回している。
「ヒカル、あんまり振り回すと、落としちゃうよ」
「ぴーか」
だいじょーぶ、とばかりにヒカルが鳴いた時だった。
綺麗すぎるタイミングで、ヒカルの手からわたあめがすっぽ抜け、まるで本物の雲のように宙を飛んだ。けれど、本物の雲ではないから、すぐに地面に向かって落ちていく。
いや、本当に向かっていったのが地面だったら、まだよかった。
けれど、非情にもわたあめはコイキングすくいの水槽へと落ち、瞬く間に消えてなくなってしまった。
「……ぴか!?」
ヒカルが水槽に駆け寄り、悲痛な顔で手を伸ばした。けれど、もう水槽の中にはひしめき合うコイキングしかいない。
ヒカルの目に涙が浮かんだ。
「ぴかー、ぴかちゅー!」
ヒカルは声を上げて泣きじゃくる。
おれは慌ててヒカルを抱き上げると、あやすようにゆすった。
「ああ、もう。だから言っただろ。ほら、おれのを代わりにあげるから、泣きやんでよ」
「……ぴか」
おれのわたあめを差し出すと、声を抑えるようにわたあめを口に含んだ。まだくずってはいるけれど、一応はこれで納得してくれたようだ。
まったく、本当に手がかかるやつだな。やっぱり、まだまだおれがついててやらないと。
「シオって、ヒカルちゃんのお兄ちゃんみたいだね」
「そうかな?」
くすくすとハヅキ姉がおかしそうに笑う。
お兄ちゃん、かあ……。いつもはハヅキ姉たちと一緒にいたから、そんなことを言われるのって、はじめてだな。
なんだろう。なんか、照れ臭いというか、くすぐったいというか。
「なにニヤニヤしてんだよ」
アオイ兄に指摘されて、はじめて頬が緩んでいることに気付いた。
はっとして戻そうとするけれど、一度緩んだものは、なかなか戻ってくれない。
「いや、だってさ……」
この気持ちをどう説明しようかと口をもごもごさせていると、代わりにハヅキ姉が答えてくれた。
「お兄ちゃんお姉ちゃんって呼ばれるのって、嬉しいでしょ。ね、ヒヅキ?」
「そうだね、お姉ちゃん」
「えへへ」
「お前ら、気持ち悪いな」
アオイ兄が顔を顰める。
幸い、アオイ兄の呟きはハヅキ姉にもヒヅキ兄にも聞こえてなかったらしく、2人はぷりちゃんとコウと一緒にふわふわとした雰囲気を漂わせながらすでに先を歩いていた。
「アオイ兄はお兄ちゃんって呼ばれるの、嬉しくないの?」
「そのくらいではしゃぐほど、子供じゃないからな」
「じゃあ、アオイ」
「それはムカつくからやめろ」
そういうものなのか。難しいな。