提灯揺れた
「さてと、次はなにで勝負するかな」

「射的」

「いいぜ。確か、あっちにあったよな」

いつの間にか、アオイ兄とヒヅキ兄の夏祭りは勝負の舞台にすり替わってしまっていたらしい。屋台を見て回っていても、なにで競うかばかり言い合っている。
夏祭りの楽しみ方として、これはありなんだろうか。アオイ兄たち自身は、なんだかんだで楽しんでいるみたいだけど。

射的屋につくと、2人はさっそく店員のお兄さんに代金を払って、銃にコルク弾を詰めはじめた。

「でさ、今回はどうしたら勝ちなの?」

「とった景品の数……じゃ、また引き分けになりかねないか」

アオイ兄は顎に手をあてて考え込みはじめた。
2人とも百発百中だもんな。下手したら、永遠に勝負がつかなさそうだ。

「じゃあ、目標を1つだけに決めて、先にそれをとった方の勝ちにしたら?」

「たまにはハヅキもいいこと思いつくじゃねえか」

「たまには余計」

ハヅキ姉が頬を膨らませてアオイ兄を睨むけれど、アオイ兄は気にした様子もない。
その時、おもむろにヒヅキ兄がアオイ兄に銃口を向けた。

「ヒヅキ兄!?」

流石にそれはだめでしょ!

ルナがヒヅキ兄の脚にまとわりついて、ぐるると威嚇の声を上げる。対して、コウは煽るように腕を振り上げる。
アオイ兄は片眉を上げてわずかに身を引いた。

「なんの真似だよ」

「アオイがハヅキを馬鹿にするから」

「だめだよ、ヒヅキ。そんなことしたら、お店の人に怒られちゃう」

ハヅキ姉がアオイ兄をかばうように銃口に手を添えると、ヒヅキ兄は渋々銃を下ろした。

いやいや、ハヅキ姉、心配するところ違くない?

頭に過ったツッコミを、おれは呑み込んだ。もし、万が一本気で言っているのだとしたら恐ろしくて、確認するのが怖くなったからだ。
だから、おれは代わりに別のことを言った。

「それで、どれを的にするの?」

「そうだな。やっぱり難しいやつがいいよな」

アオイ兄は目を凝らして射的の景品を順繰りに見据えた。ヒヅキ兄とハヅキ姉も真剣な顔で景品を見定めようとしている。
ヒカルまで真似して上から順番に視線を滑らせ、真ん中の段あたりで目の動きを止めた。

「ぴかちゅ」

ヒカルが指さしたのは、箱入りのキャラメルだった。きっと、いや、絶対に自分がほしいのを選んだだけだな。
アオイ兄もそれを一瞥すると、話にならないとばかりに首を横に振った。

「そんなすぐに倒れそうなのはだめだな」

「ちゅー」

ヒカルが抗議の声を上げるけれど、アオイ兄はとり合おうとしない。
いつもならヒカルの味方についてくれるヒヅキ兄まで、「ごめんね。でも、これは真剣勝負だから」と却下してしまった。

「あとでなにか買ってあげるから、拗ねるなよ」

「ぴか」

絶対だよ、と念を押すようにヒカルはおれの手をぎゅっと握って振った。

その時、ハヅキ姉の巾着が揺れた。
ハヅキ姉は首を傾げて巾着の中を漁ると、モンスターボールを1つ取り出した。きょろきょろと辺りを確認してからボールを軽く投げる。
地面にあたって開いたボールから現れたのは、キュウコンのこんちゃんだった。豊かなススキのような尻尾が提灯の明かりの下できらめいて揺れる。

「こんちゃん、どうしたの?」

「キュウ」

こんちゃんは射的の台に前足をのせると、鼻先で店員のお兄さんの横に飾られているものを示した。
それは、雫の形をしたルビーのイヤリングだった。イヤリングには1と書かれた札がつけられている。近くには3の札がつけられたエメラルドのバレッタや2の札がつけられたサファイアのネックレスもあった。
的となる景品の棚の最上段には同じように番号が書かれた小さな立て札が並んでいる。どうやら、あれを倒せば、同じ番号のアクセサリーが貰える仕組みらしい。
ハヅキ姉はきらきらとした宝石を目に映して、感嘆の声を漏らした。

「わあ、綺麗だね。あれがほしいの?」

「コン」

こんちゃんは穏やかに目元を和ませて頷いた。
ポケモンでも女の子はアクセサリーに興味があるんだな。ヒカルなんて、宝石を貰ってもおもちゃとしか思わないのか、すぐに放り投げて遊ぶのに。

「あの立て札、小さいし、結構狙いにくい位置にあるな」

アオイ兄がにやりと口角を上げる。ヒヅキ兄と顔を見合わせると、頷きあって同時に銃を構えた。
まずは最初の1発。先に撃ったのはヒヅキ兄だった。コルク弾は見事に1の札にあたったけれど、札はびくともせずに弾をはじき返した。

「急いては事を仕損じる、ってな」

アオイ兄が鼻で笑う。ヒヅキ兄はアオイ兄を睨みながら、銃に弾を詰め直した。
その間にアオイ兄が1の札を狙って引き金を引く。これも狙い通り札にあたったけれど、札は少し揺れただけで倒れることはなく、はじき返された弾だけが虚しく地面に転がった。
アオイ兄は舌打ちをして、急いで弾を詰めた。今度はヒヅキ兄よりも先に撃つ。けれど、結果は同じだった。
ヒヅキ兄がぷっと噴き出す。

「急いては事を仕損じる、だったっけ?」

「てめえ」

2人とも煽り合ってるな。相手の心を乱す作戦なんだろうか。
いや、アオイ兄とヒヅキ兄はいつもこんな感じか。

ヒヅキ兄はゆっくりと銃を構え、1の札を狙った。銃口から放たれたコルク弾はまたまた1の札にクリーンヒットしたけれど、やっぱり揺れるだけで倒れない。

もしかして、1発あてたぐらいじゃ倒れないようにできてるんじゃ……。
1発あてたところにもう1発あてればいけそうだけれど、連射できるような銃じゃないから現実的じゃないし。

ヒヅキ兄とアオイ兄は最後の1発を詰め込んだ。アオイ兄が銃を構えると、遅れじとヒヅキ兄も構える。
パンッ、と銃声が響く。瞬間、もう1つ銃声が上がった。銃口から放たれたコルク弾が1の札にあたり、かすかに揺れる。
さっきまでだったら、それで終わりだった。
しかし、わずかに遅れてやってきたコルク弾があたり、札はこてん、とあっけなく後ろに倒れた。

「よし! 今のはオレの勝ちだな」

「なに言ってるの? ボクの勝ちだろ」

「今回も引き分けじゃない? アオイの弾が札を揺らして、そこにヒヅキの弾があたってやっと倒れたんだから。あえて言うなら、2人のコンビネーションの勝利?」

ハヅキ姉の判定に、アオイ兄が「なんだよ、それ」と不満を漏らす。しかし、それ以上なにも言わないのは、アオイ兄もヒヅキ兄も1人では札を倒せなかったのがわかっているからだろう。
悔しそうする2人を後目に、ハヅキ姉は店員さんに向かって手を差し出した。

「店員さん。景品ください」

「はいはい。いやー、よく倒せたねー」

感心した様子で店員さんは景品のルビーのイヤリングをハヅキ姉に手渡した。
ハヅキ姉はありがとうございます、と微笑んで受け取ると、さっそくこんちゃんに向き直った。

「こんちゃん、今つけてあげるね」

しかし、こんちゃんは無言で首を横に振った。えっ、とハヅキ姉が困惑する。
こんちゃんは鼻先でそっとハヅキ姉の耳に触れた。

「もしかして、わたしにつけてほしいの?」

「コン」

こんちゃんは透き通った紅の目を細めた。
そこで、ようやくおれは気付いた。

「ああ、そっか。おそろいか」

こんちゃんのルビーのように透き通った紅の瞳とルビーのイヤリング。
お面屋の前で拗ねていたルナと同じで、こんちゃんもハヅキ姉とおそろいになりたかったんだ。
ハヅキ姉も気付いたらしく、くすぐったそうに微笑んで、イヤリングを耳につけた。

「どう、似合う?」

「クォーン」

当然、とばかりにこんちゃんは艶やかな笑みを浮かべた。9つの尻尾がふわりと揺れて、あたりに光が弾ける。ルビーの瞳とルビーのイヤリングの中では、提灯が楽しげに揺れていた。

「よーし! せっかくだから、他の子たちとおそろいのものも探そっか!」

「ぷり〜」

それはいいねー、とばかりに、ぷりちゃんがふわりと跳ねる。
こんちゃんも静かに頷いた。

「ボクも探そうかな」

ヒヅキ兄がぽつりと呟くと、コウが少しだけ面白くなさそうな顔をする。おそろいなのは自分だけがいいのだろう。
多分、ヒヅキ兄はあとから大変だろうな。

「まっ、勝負のついでに手伝ってやってもいいか」

アオイ兄が仕方なさそうに言う。ルナはアオイ兄の三日月のブレスレットに目をやると、優越感に浸るように口角を上げた。
多分、ルナもおそろいなのは自分だけがいいんだろうな。アオイ兄が他の手持ちとおそろいのものを買ったら、どうなるんだろう。

「なんか、楽しいね」

「ぴか?」

ヒカルが不思議そうに首を傾げる。おれはまた、楽しいね、と繰り返した。



→あとがき
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