残るもの
*Nがミスミの家に泊まることになった


「N、風呂空いたぞ」

濡れた頭をタオルで拭きながら、ソファーに座るNに声をかける。しかし、返事はなかった。訝しく思いながら、もう一度名前を呼ぶ。

「N?」

またしても返事がない。

「N」

今度は少し大きめに呼んでみたが、一切反応がなかった。
少々苛立ち、オレはNの頭に裏拳を入れた。

「無視すんな、馬鹿N」

こんっといい音が鳴った。
Nの肩がびくっと跳ね、恐る恐るといった体で振り返った。

「どうしたの?」

「それはこっちの台詞だ。何回呼んでも無視しやがって」

「ごめん。気付かなかった」

オレはわざとらしいため息を吐いた。

「別にいいけど。どうしたんだ?テレビでなんかやってたのか?」

点けっぱなしのテレビでは、最近人気の女性アイドルが歌っていた。
Nがアイドルに興味を持つとは到底思えない。ポケモンでも映っていたのだろうか。

「いや、見ていたのはテレビではなくて、これだよ」

Nが示したのはテーブルの上に置かれた写真立てだった。海を背景に、まだ幼いオレと両親が映っている。母さんと父さんもまだ若い。懐かしい。

「これはキミとキミの両親だろう?」

「ああ。10年くらい前のだ」

「仲が良さそうだね」

そう言って笑ったNの顔は、悲しそうに見えた。
ああ、そっか。そうだよな。

「やっぱ、まだゲーチスのこと気にしてるのか?」

言ってしまって後悔した。頭抱えて蹲る。
なんつー無神経なこと訊いてんだよ。思ったことをなんでも口に出しすぎだろ。
しかし、もう後の祭りだ。
意を決して顔を上げると、Nが肩を震わせ笑うのを堪えていた。

「おい、なんで笑ってんだ」

「ごめん。キミの慌てる姿がおかしくて」

「お前、殴るぞ」

拳握って睨むと、それは嫌だなと苦笑した。
拳を開くと同時にため息が漏れる。
笑える余裕があるならいいけど。
Nは再び写真に視線を戻し、目を伏せた。

「ゲーチスのことは、気にならないと言えば嘘になる。彼はボクの父で、絶対的な存在だったから」

淡々とNは語った。Nがゲーチスのことを話したのは、こうして再会してからは初めてだ。
そうだろうな、とオレは頷いた。

「利用されていただけと知って、怒りや悲しみも覚えたし、憎しみすら抱いたよ」

少しだけ意外だった。ゲーチスがNにしたことを考えれば憎んで当然だが、そんな素振りを見せたことは一度もなかったように思う。

「けれど、ボクも身勝手な都合でキミをはじめ多くのヒトに迷惑をかけた。それでも、キミ達はボクを許してくれた。ゲーチスも身勝手だったとはいえ、彼なりの事情があった。だから、許したいと思う」

Nはまっすぐ前を見据えた。その横顔に強い意志が見て取れる。

「お前、強くなったな」

「そうだろうか。許したいとは思うけれど、やはり心のどこかにわだかまりがあるんだ」

「じゃ、一回全部吐き出してすっきりしたら、許せるようになるんじゃないか?それもありだと思うぜ」

「そういうものかい?」

「そういうもんだろ」

「なら」

Nはぐっと拳を握った。

「ゲーチスを2、3発殴ったら許せるだろうか」

「ぶはっ!?」

そうきたか。
まさかの回答に噴き出してしまった。何も飲んでなくてよかった。

「なにか、間違っていたかい?」

「いや、いいけど。お前、オレに思考が似てきてないか?」

そうかな、とNは笑った。
なにがおかしいのか知らないが、笑えるんならそれでいいかと思う。


BW2でゲーチスがあんなことになったので、没。
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