森の奥にて
「森の中でも舗装されてる道ってあるんだな」

オレの独り言に応えるようにジャノビーのタージャが短く鳴いた。


******


数十分前、オレはシッポウジムに挑戦しようとしたのだが、入り口手前でNという奇怪難解な青年に出会って出端を挫かれた。
そうなると、今日はもう挑戦する気力がなくなってしまう。
だったら、空いた時間に手持ちのレベルを上げつつ、図鑑を埋めようと思い、オレ達はヤグルマの森に繰り出した。
森の中には緑が生い茂っているだけだと思ってたから、緑とちぐはぐな灰色の道には驚いた。

「この辺なら、みんな出しても問題ないな。出てこい!リク、シーマ、グリ!」

ボールを投げると、ヨーテリーのリク、シママのシーマ、モグリューのグリが出てくる。
窮屈なボールから出れて気持ち良いのか、みんな嬉しそうな顔で伸びをしていた。
出してやれてよかった。

「さて、さっそく修行に行きたいわけだが」

前にはヒウンシティへ続く、舗装されたアスファルトの道路。
左には森の奥へ続く、申し訳程度に人の手が入った緑の道。

「あっちにはトレーナーがいるけど、結構強そうだな。どう思う、タージャ?」

最初の相棒であり、冷静な判断が出来るタージャの意見を求める。
ついとタージャは小さな手で森の奥を差した。
流石相棒。オレと同じ考えだ。他のやつらも異論はなさそうだ。

「よし、じゃあ、こっちへ行くか」

タージャが示した通り、オレ達は森の奥へと歩き出した。


******


野生のポケモンを倒したり、捕まえたり、トレーナーと戦ったりしながら歩いていると、かなり奥の方まで来た。
経験値も溜まって、ヨーテリーのリクはハーデリアに進化した。ちょっと逞しくなったように見えるけど、性格は相変わらず臆病だ。さっきも草むらが揺れただけでびっくりしてオレの後ろに隠れてしまった。
タージャがジャノビーになった時もそうだったけど、姿が変わっても中身は変わらなくて安心する。まあ、もう少しだけでいいから怖がりが治ってくれるといいとは思うけど。

「この段差を降りれば道路に出るけど、トレーナーと戦う羽目になりそうだな」

みんなレベルが上がったから勝てるかもしれないけど、さっきの戦いで疲れているから止めておいた方が賢明だろう。きずぐすりも切れたし。

「さっき来た道を戻ればいいか。……でも、その前に」

意味深に言葉を切ると、相棒達が興味津々に見上げてくる。タージャだけは、面倒そうにだけど。
これはジャノビーという種の性質なのか、タージャだけなのか。貰った時からこうだから、後者かな。
常に冷静な最初の相棒は頼もしいけれど、こういう時にはテンション上げてくれないと寂しい。

「この原っぱで休んでいこうぜ」

オレの提案にリク、シーマ、グリははしゃいでいるけれど、タージャはどうでもよさげだ。

「タージャ、少しはリク、シーマ、グリを見習え」

知るか、というようにふんと顔を背けられた。
わかってたけど、可愛げのない。

「まあ、いいけど。……お前ら、遊ぶのも昼寝するのも俺の目の届く範囲でしろよ。遠くには行かないこと」

ポケモン達は−−タージャは投げ遣りといった感じだけど−−短く鳴いて返事をした。
なんか、教師にでもなった気分だ。
地面に座って近くの木にもたれかかると、リクがやってきて膝に乗って即効寝た。こいつは昼寝が好きだからな。進化してハーデリアになったから重くて少し膝が痛いけど、耐えられないほどではない。
リクの背中を撫でていると、旋律を歌うような鳴き声か聞こえてきた。顔を上げると、原っぱの真ん中でグリとシーマが歌を歌いながら踊いるのが見えた。電気タイプのシママは地面タイプのモグリューとタイプ相性が悪いけど、シーマとグリはよく一緒にいる。タイプ相性と性格の相性は関係ないようだ。
グリとシーマの歌に合わせるようにリクの背中をぽんぽんと叩いていると、タージャがやってきてオレに寄りかかって座った。

「やっぱ、お前可愛いな」

タージャの頭を撫でてやれば、気持ちよさそうな鳴き声を上げた。


******


グリとシーマの歌が三曲目に入って少しすると、急にタージャが立ち上がった。

「タージャ、どうした?」

ぐいぐいとタージャはオレの服の裾を引っ張り、森の奥を指差した。
あっちに、なにかあるのだろうか?

「グリ、シーマ、少しの間静かにしてくれ」

ぴたりと歌うのを止めて、グリとシーマはその場で静止した。
オレは耳を澄ます。
木々の間を吹き抜ける穏やかな風に乗って、かすかだが誰かの声が聞こえてきた。

「キ…が気……るこ………いよ」

ここから遠いせいか、ところどころ聞き取れない。
誰かと話しているような感じだが、奇妙なことに一人の声しか聞こえてこない。声に混じって草を踏む音も聞こえてきたが、それも一人分だ。

「……に会えな……たのは、ボ……力が…ばなかっ……からさ」

少しずつだか、はっきりと聞こえるようになってきた。
声の主がこちらに近付いてきているのだろう。
隠れた方がいいか?
でも、移動しようにも、熟睡しているリクが膝の上にいるから無理だし、わざわざ起こすのも可哀想だ。

「タージャ、危険な感じはするか?」

タージャは少し考え込み、ふるふると首を横に振った。

「グリとシーマは?」

二匹もタージャと同じように首を横に振る。
なら、大丈夫だろう。
オレはタージャ達を信じて、座ったままタージャが指差した方を凝視した。
グリとシーマがオレの隣に走ってくる。
声と足音はかなり近付いてきた。
目の前の草むらが揺れる。そこからチュリネを肩に乗せた緑の髪の青年が現れて、オレは眉を寄せた。
確かに危険ではないが、不快だ。
オレのシッポウジムへの挑戦を邪魔をしやがった奇怪難解なNとかいう青年が、じっとオレを上から下まで眺める。

「会いたいモノには会えず、キミに会うなんてね」

「オレだって、お前に用はねぇよ!とっとと、その会いたいヤツに会いに行け!」

第一声がそれって、失礼にもほどがあるだろ!
今にも噛み付かんばかりに睨み付けてやったが、ヤツは涼しい顔で首を横に振った。

「無理だよ。カレは警戒心が強いみたいだから」

警戒心が強いって、ポケモンかよ。いや、こいつなら、会いたいヤツがポケモンでもおかしくはないか。
そんなことを考えていると、視界の端にチュリネがしゅんと落ち込んでいるのが映った。
Nとかいう野郎が途端に慌てる。

「ごめんね。キミを責めているわけじゃないから」

「ちゅり……」

「まだ、ボクに英雄と成り得る力がないだけだよ」

「ちゅりちゅり」

「心配してくれてありがとう」

ヤツが微笑んでチュリネの頭を撫でる。チュリネは嬉しそうに擦り寄った。
この光景だけ見ると普通だ。思わず警戒を解いてしまいそうになる。
けれど、油断は禁物だ。いつ電波発言が飛んでくるかわからないからな。いつの間にか、オレの相棒達が完全にリラックスしていたとしても、オレだけはしっかりしなければ。

「ちゅりちゅり」

突然、チュリネがオレに視線を寄越した。
野郎もちらと一瞥してくる。

「カレのことかい?」

「ちゅり」

「カレはミスミという、変わった人間だよ」

「お前にだけは言われたくねぇよ!」

思わず全力で叫んだ。
膝の上でうとうとしていたリクがびくっと跳ね起きてしまったので、ごめんなと謝る。

「お前はなにオレの事を変な風に紹介してんだ!」

「チュリネが紹介して欲しいって言ったから」

「……えっ?お前、本当にポケモンと話せるのか?」

ただの電波だと思って信じてなかった。いや、今も電波の妄想だと思ってるけど。

「人間の言葉より、トモダチの言葉の方がよく聞こえるんだ」

「じゃあ、オレのポケモン達から、昨日の夕飯のメニューとかも聞き出せるのか?」

挑発的に問えば、電波野郎はもちろんと頷いた。そして、地面に膝をついてタージャに目線を合わせる。
オレとポケモン達は好奇心に駆られ、二人(正確には一人と一匹)を凝視した。

「ジャノビー、さっきカレが言ったことを教えてくれないか?」

少し考えるような素振りをしてから、タージャは数回鳴いた。

「なるほど。昨日はボンカレーというものを食べたんだね。キミ達は木の実の盛り合わせか。ミスミは普段からレトルト食品ばかり食べてるから、体を壊さないか心配だって?レトルト食品って、体に悪いんだ。でも、大丈夫だよ。カレ、無駄に元気そうだから」

「無駄に元気そうってなんだ!健康優良児と言え!……って、タージャ達も笑うな!」

相棒達だけでなく、チュリネまで笑ってる。
くそっ、この電波のせいだ。
妙なこと言ううえに、的確に昨日の夕飯当てやがって。

「そんなに詳しいなんて、ストーカーでもしてんのかお前は!」

「してないよ。全部、このジャノビーが言ったことだ」

「本当か?」

「わざわざキミを付けてどうするんだい?」

確かに、こいつがオレのストーカーをする理由はないな。嫌悪してるってほどではないだろうが好かれているようには思えなし(そもそも、こいつは人間嫌いだ)、一般市民でしかないオレの行動を観察したところで、得するはずもない。
でも、

「オレじゃなくて、オレのポケモンをストーカーしてるのかもしれない」

「それこそあり得ないよ。ボクはポケモンを解放したいんだ。だのに、カレらを監視しては本末転倒じゃないか」

「あー、そんなことも言ってたな」

こいつの話は難しいから、だいたい右から左に聞き流していたが、ポケモン解放みたいなことは言ってたな。プラズマ団と同じだと思った覚えがある。
だとすると、やっぱりこいつはポケモンと話せるのか?
長年連れ添ったポケモンと心を通わせるとかいうレベルでなく、全てのポケモンと言葉を交わせるっていうのか?
ポケリンガルか、こいつは。

「お前がポケモンと話せるなら、ポケモン解放はポケモンが望んだのか?」

「そうだよ。だから、一刻も早くボクは英雄にならなければならない」

解放と英雄の関係はわからないが、プラズマ団よりもよっぽど好感が持てた。
あの妙な集団、ポケモンのためとか言いながらポケモンを痛めつけてたから、主張はどうあれ大嫌いだ。
でも、同じ主張をしていても、こいつはポケモンを大切にしてるみたいだし、プラズマ団よりはいい奴だと思う。相手するのが疲れるから、苦手ではあるけど。

「なるほど。確かに、ポケモンの意志を確認することは大切かもしれないな」

オレはポケモン達を見回す。
まだ、1ヶ月も一緒にいないけれど、大切な相棒達だ。
だからこそ、カレらの意志を訊かなければならないだろ。

「なあ、オレはお前らと一緒にいたいけど、お前らはどうだ?もし野生に帰りたいなら帰ればいいし、オレと旅をつぎゃっ!?」

最後まで口にする前に、ポケモン達に抱きつかれた。普段はすましているタージャまで必死にぎゅうぎゅう抱きついてくるものだから、思わず口元が緩む。

「ありがとな」

オレもみんなをぎゅっと抱き締め返してやった。
ふとNを見上げると、ただじっとこちらを見つめていた。
その翡翠の瞳から感情は読み取れない。
だが、何故か驚いているような気がした。

「キミは……」

Nが何か言い掛けた。
だが、それを掻き消すように突風が吹いた。
とっさに飛ばされないよう帽子を押さえ付ける。相棒達がしがみついてきたから、片手で押さえた。Nは帽子が飛ばされるのも構わずに、軽いチュリネを抱き留めていた。
風が木の葉を舞い上げ、木々を揺らす。
目の前を新緑の体躯が駆け抜けるのが見えた瞬間、風が止んだ。
ひらひらと木の葉が落ちてくる。
今のは、なんだったんだ……?
ポケモンだったような気がしたけど。
惚けていると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。はっとして見上げれば、Nが口元に指をあてて笑っていた。

「なんだよ」

「やはりキミは面白いね」

意味がわからない。だが、なんか腹が立つ。
せっかく上がった好感度もだだ下がりだ。

「タージャ、リク、シーマ、グリ、帰るぞ」

みんな短く鳴いて返事をしたのでボールに戻し、野郎には目もくれずに来た道を戻った。


長編を始めるにあたって没にしましたが、いくつかの要素は長編内に取り入れています。
当初、脳内ではカラクサでのNとの出会いはあっさりしたものになる予定だったので、この辺りでNへの理解を深める予定でした。あと、ライモンイベント前にミスミのNに対する好感度を上げておきたいという狙いもあったり。その辺の話は長編ではヒウン辺りで行うつもりでいます。
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