特別な人
ライモンシティはいつ来ても賑やかだ。
ポケモンとはしゃいでいる子供やデート中のカップル、サブウェイに挑戦しにいくトレーナー等々、人で溢れている。
ヒウンシティと並んで、人探しには向かない場所だ。
でも、あの人がいそうな場所はもうここしか残ってない。
足は自然と観覧車に向かっていた。この街であの人に会うのは、いつも観覧車の前だった。
今日もいるという保証はなかったが、今回は運がいいらしい。
観覧車の前にその人は佇んでいた。
いつもと同じ格好で、いつもと同じように人を探すみたいにきょろきょろして。どことなく浮世離れした雰囲気は、遊園地にそぐわないようでいて、一周回って合ってる気がする。
はやく声をかければいいんだろうけど、道行く人がその人を振り返るものだから、なんとなく躊躇してしまった。
あの人、目立つんだよなあ。背が高くて顔がいいのもあるけど、雰囲気がやっぱりその辺の人とは違うから。
毎度のことだけど、やっぱり声を掛けづらい。
心の準備のために深呼吸……しようとしたら目が合った。
心の準備まだなんだけど。

「久しぶりだね」

「そうですね、Nさん」


******


Nさんに会うやいなや、観覧車に乗せられた。話をしたかっただけだから、それは別にいいのだけど、この人はおれ以外に一緒に乗る相手がいないのだろうか。ライモンシティで会うたびに乗せられてる気がする。当の本人が楽しそうだからいいけど。
せっかくだから、出窓にキュレムのモンスターボールを置いてみる。出してやるのは流石に無理だけど、ここからの景色を楽しんでほしい。

「トモダチから聞いていたけれど、やはりキュレムを捕まえたのはキミだったか」

「ええ。あんなところにずっと独りじゃ寂しいかと思いまして」

「うん。キュレム、連れ出してくれてアリガトウと言ってるよ」

「本当ですか?へへ、嬉しいな」

どういたしましてと、ボール越しにキュレムを撫でてやる。キュレムはボールの中でくすぐったそうに身動ぎした。
余計なお世話だったらどうしようと思ってたけど、杞憂でよかった。

「本当にキミはあのトレーナーに似てるね」

Nさんは懐かしむように目を伏せた。
Nさんに限らず、色んな人から何度も言われた。2年前のあのトレーナーに、レシラムに選ばれたトレーナーに似ていると。そのたび、おれは複雑な気持ちになる。
おれはNさんに向き直り、居住まいを正した。

「実は、今日はそのトレーナーについて訊きに来たんです」

Nさんは少し驚いたような顔をした。

「何故?」

「オレ、先日の事件について、色々と思うところがあるんです。何が悪かったのかとか、これからどうすべきかとか」

こんなこと、一緒に戦ったニーサンやリッカにも言ってない。緊張で額に汗が滲んだ。

「その答えを出すためには2年前の事件についても知るべきかと思って、元プラズマ団からも話を聞いたんです。あなたの理想や、ゲーチスの野望も。けど、そのトレーナーについての情報は少なくて。……あっ、知ってますか?ホドモエにポケモンの世話をしている元プラズマ団がいること」

「知ってるよ。見てきたから」

会ってきたではなく見てきたというのが引っ掛かったが、そこには触れずに話を続ける。

「まあ、もっともらしいこと並べてみましたが、ようはそのトレーナーのことが気になるんです」

チェレンさんをはじめ、ジムリーダーの方々も知ってるようだけど、Nさんから話を聞きたいと思った。互いの信念をかけて戦った相手が、Nさんにはどう映ったのかが気になった。

「教えるのは構わないけれど、キミは彼の何が知りたいんだい?場合によっては、ボク以上の適任者がいるよ」

「なんでもいいです。性格でも、容姿でも、あなたの思い出話でも。あっ、そういえば、その人の名前も知らないや」

思い出して付け足したら、Nさんが目を丸くした。それから、肩を震わせて笑い出した。

「あの、どうしたんですか?」

「すまない。イッシュを救った英雄だというのに、名前も知られていないことがおかしくて」

あなたの笑いのつぼもおかしいですよ。
喉元まで出かかった言葉を飲み込み、代わりに別の言葉を口にした。

「多分、一般人は誰も知らないと思いますよ。2年前にプラズマ団を壊滅させたのはジムリーダーや四天王とチャンピオンってことになってますから」

「なら、彼の名前から教えよう。彼の名前はミスミ」

「ミスミ!?」

聞き覚えのある名前に、おれは弾かれたように立ち上がった。
ゴンドラが大きく揺れ、みしみしと音を立てる。
Nさんが訝しげにおれを見上げた。

「ミスミって、もしかしてカノコタウンの!?」

「ああ、そうらしいよ」

それを聞いて、手で顔を覆って椅子に座り込んだ。

「どうしたんだい?」

「その人、おれの従兄です」

信じられないが、カノコタウン出身のミスミという少年は、別世界の住人でもない限り、おれの従兄以外ありえない。
1年半前に会って旅の話をしてくれたけど、英雄やプラズマ団の話は一切聞いてない。いや、変な連中に会ったとは言ってたか。それでも、冗談めかしく語るものだから、そんな大変なことに巻き込まれていたなんて想像できるはずがなかった。
どうして教えてくれなかったんだろう。

「じゃあ、『電波で人間嫌いで子供っぽい不審者にして変質者な奇怪難解青年N』って、あなたのことか」

「ああ、確かにキミの従兄だろうね」

Nさんはなんとも言えない顔をした。多分おれもそんな顔してる。
なんだろう。今まで英雄に対してもっていたイメージが一気に崩れた。
なんかこう、神々しさとかそんな感じのがなくなって、すごく庶民的になった気がする。
いや、スミ兄のことは尊敬してるけど、それとこれとは話が別だ。
まあ、Nさんもかなりめんど……変わった人だし、英雄に対して過度な期待を持ちすぎてたのかもしれない。

「キミは彼のことをよく知っているようだけれど、まだ話を聞くかい?」

「あー、そうですね。じゃあ、Nさんとスミ兄が、どうして戦うことになったのか訊いてもいいですか?」

「いいよ。少し長くなるけれど」

それから、Nさんは語ってくれた。
スミ兄とカラクサタウンで出会ったこと、そこで聞いたスミ兄のポケモンの声が衝撃だったこと、しだいに自分の考えが揺らいでいったこと、何が正しいのかを証明するためにスミ兄と英雄として戦いたいと願ったことを。
それは壮大な物語のようだったけれど、確かに目の前に座る青年とオレの従兄の間に起きた出来事だった。

「変な感じですね。スミ兄って普通の人なのに」

「そうだね。彼は普通のトレーナーだった」

さっきまでスミ兄のことを特別なトレーナーのように語っていた人に、あっさり同意されて少し驚いた。

「トレーナーとポケモンが信頼し合うことは、何も特別なことではなかった。彼が他より優れていたところといえば、決して逃げないところくらいだ。けれど、それも少しの勇気があれば誰だって出来る」

その勇気を持つことが難しいけれど、とNさんは笑った。

「実際、旅の最中に彼に似たトレーナーに、英雄の素質を持つトレーナーに何人か出会ったよ」

「おれもその一人ですか?」

「うん。キミも彼に似ている。逃げない強さを持っている」

また似てると言われたが、不思議と今度は素直に喜べた。
Nさんはついと窓の外に目を向けた。

「それでも彼が『特別』に思えるのは、彼がボクの世界を変えてくれたからだろうね」

Nさんは眩しそうに目を細めた。


今の設定だと、ヒサメはミスミをずっと「スミ兄」と呼んでいたせいで、ミスミの名前を「スミ」だと思い込んでいて、二年前のトレーナー「ミスミ」とは別人だと勘違いしています。なんで、そんな七面倒な設定になったんだよと自分でも思います。
あと、この話では二年前のトレーナーと似ていると言われることに複雑な思いを抱いてますが、現在の設定ではそうでもないです。ただ、旅の間は無意識に「みんなに望まれている二年前のトレーナー」ならするであろう行動をたびたびとっていました。
それから誰でもない自分の意志で行動するようになるまでが、ヒサメの成長物語です。
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