I have a dream!
とある電波曰く、チェレンは強さという甘い理想を求め、ベルは誰もが強くなれるわけではないという悲しい真実を知っているらしい。
ふざけんな。
チェレンは目標に向かって歩み続けているし、ベルは自分のやるべきことを探している。
二人ともちゃんと自分自身と向き合っている立派な人間だ。
それなのに、あいつは勝手な主観で二人をつまらない人間だと評価しやがった。
あまりにも腹が立ったから文句の一つでも言ってやりたかったんだが、俺は何も言うことができなかった。
何故かって?
その後に続く言葉があまりにも衝撃過ぎたからだ。
電波曰く、俺はそのどちらにも染まっていないニュートラルな存在らしい。
あいつはそれがいいと言っていたが、俺にしてみればチェレンやベルよりつまらない人間だと言われた気分だった。
だってそうだろ?
何色にも染まっていないということは、何も持っていないということだ。
だから、あいつに夢があるかと問われた時に、あると答えたのはほとんど意地だった。
しかし、後々冷静になって考えてみると、本当に俺に夢はあるのだろうか。
なくはないのだが、あまりにもささやかすぎて夢と呼べるのか怪しい。
俺の周囲にいる奴の夢が『チャンピオンを越えること』だったり『ポケモンを解放すること』のせいか(後者は夢と呼んでいいのか微妙だが)、最近殊更そう思う。
実は、俺は夢なんか持っていないんじゃないだろうか。
ポケモン図鑑を埋めているのは博士に頼まれたのと、昔から収集癖のある自分にとっては楽しい作業だからだ。
ジムに挑戦しているのはチャンピオンになりたいからではなく、チェレンとベルが挑戦するからなんとなく自分も、と思っただけだ。
最近はバッジ8個集めなければならない理由ができたが、きっかけはそんなもんだった。
結局、俺には何もないようだ。
******
ミスミは近くにあったベンチに座り込んで深い溜息をついた。
「溜息つくと、幸せが逃げていっちゃうわよ」
ふいに声をかけられれ、驚いて顔を上げると、碧い瞳の少女と目が合った。
「アマネ?」
「ええ。久しぶり、ミスミ君」
「ああ、久しぶり」
このアマネという少女は、マルチトレインに乗った時にタッグを組んだトレーナーだ。
バッジはすでに八個全て集め、現在はリーグ挑戦のために修行中と聞いていたのだが、何故こんなところにいるのだろうか。
「なんで、アマネがここに?」
「この近くでポケモンが大量発生しているって聞いたから。ミスミ君はジムに挑戦しにきたの?それとも、終わった後?」
「これから行くとこ。って言っても、ジムがどこにあるのかわからなくて困ってんだけど」
イッシュ地方のジムはわかりづらい。
他地方ではなかなか見られない独特な外見のジムがほとんどだ。初見でジムだとわかる者はわずかだろう。
中身があれなのだから外見くらい統一してほしい、とミスミは愚痴を零した。
アマネは苦笑して同意すると、ジムまでの道筋を丁寧に教えた。
それから、遠い目をして付け加える。
「フキヨセジムは仕掛けが危険だから、気を付けた方がいいよ」
ミスミは首を傾げた。
今までのジムの仕掛けも凝り過ぎたものが多かったが、特に危険なものはなかった。あえて言うなら、ライモンジムで乗り物酔いになりかけたくらいだろうか。
いくら挑戦者を試すと言っても、危険に曝すようなことはしないと思う。
だが、後に彼はこの認識が甘かったことを身をもって知ることになる。
「教えてくれてありがと。さっそく、今から挑戦しにいくよ」
「待って!」
立ち上がって歩きだそうとすると、アマネに腕を掴んで引き止められた。
驚きながらもアマネへ向き直る。
「どうしたんだ?」
「それはこっちのセリフ。元気ないけど、何かあった?」
虚を衝かれて目を見張った。
その様を見て、アマネはやっぱりと呟く。
「話くらいなら聞くよ。その様子じゃ、ジム戦に集中できないでしょ?」
アマネはベンチに座ると、自分の隣を叩いてミスミも座るよう促した。
ミスミはしばし渋俊していたが、アマネの真摯な瞳に根負けして腰を下ろした。
しかし、いざ口を開こうとすると躊躇して、結局口を噤んでしまう。
アマネは気遣わしげにミスミを窺った。
「やっぱり、言いづらい?」
「ちょっと。あんまりにも情けない話だから」
「どんな話でも、笑ったりしないよ」
手を伸ばして、アマネはミスミの右手を握った。
その温もりに背中を押され、言葉を探しながらゆっくりと語る。
「この旅の中で、俺は何も得てないんじゃないかって思うんだ」
「どうして?」
「ある奴にそんなことを言われて。で、よくよく考えてみると、確かにその通りなんだ。夢とか目標があるわけじゃないから、当然かもしれないけど」
情けないよな、とミスミは自嘲した。
「そんなことない」
「へ?」
「なにも得てないはずない」
力強い口調で否定されたことに驚き、アマネを見つめた。
その瞳がまっすぐにミスミを見据える。
「ミスミ君、初めて会った時よりたくましくなってる。あたしが言うんだから間違いないわ。何も得てなかったら、そうなるはずないでしょ?」
「でも、俺には夢がない」
「本当に?」
ミスミは口を噤んで俯いた。
あると、胸を張って言えなかった。
「きっと夢とは呼べない」
弱々しく、独り言のように呟いた。
それを聞き届けたアマネは目をしばたかせた。
「どんな夢なの?」
訊ねられ、しばし沈黙した。
他人に誇れるものではないため、今まで誰にも教えたことはなかった。
だが、何故だかアマネになら教えてもいい気がした。
ミスミは意を決して口を開いた。
「ポケモンと旅をして、世界を知ること」
口にしてみると、本当に小さな夢だ。
曖昧で漠然としすぎている。
それを叶えたところで、誰からも認められるようにはなれない。
「実際旅をしてみてわかったけど、世界には色んな人がいて、見たことないポケモンがたくさんいて、俺には想像もつかないようなものがあって、それを知るのが本当に楽しいんだ。
だから、俺はもっと知りたい。俺の知らない世界を見て回りたい」
全トレーナーの憧れであるチャンピオンを目指すアマネには、ちっぽけに思えるかもしれない。
ミスミは帽子を目深に被って恐る恐るアマネを窺い、目を見張った。
アマネは穏やかに微笑んでいた。
「素敵な夢じゃない。あたしは好きよ、そういうの」
自分自身ですら否定しかけた夢を肯定された。
それが妙に嬉しくて、自然と笑みが漏れた。
こんな簡単に解決するようなことだったのか。
なんだか、あんなに悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてくる。
「自信持って大丈夫。あたしが言うんだから間違いないわ」
「そうだな。そうしてみるよ。ありがとな、アマネ」
ミスミは立ち上がってアマネに笑みを向けた。
雨上がりの、澄んだ青空のような笑みだった。