観覧車と告白
逃げたプラズマ団を追いかけて遊園地まで来たが、注意深く探しても見つからない。
あんな格好じゃ目立つから、すぐに見つかると思ったんだけどな。
逃げ足の速い奴らだ。もっと奥の方へ行ってしまったのかもしれない。
そちらの方へ向かうと、見覚えのある緑の髪が見えた。
「お前は……!」
「やあ、久しぶりだね」
プラズマ団と同じように、ポケモンを解放すべきだ、とか訴えているNという電波な不審者だ。
プラズマ団が現れるところにこいつがいる気がすんだけど、気のせいか?
「プラズマ団を探しているんだろう?」
「なんでお前がそれを知ってるんだ」
懐疑心が募り、俺はNを睨み付けた。
だが、Nは意味ありげに微笑むだけで、その問いには答えない。
「彼らは遊園地の奥に逃げていったよ。ついてきたまえ」
そう言うと、Nは俺の腕を掴んで歩き始めた。
俺に拒否権はないのか。
振りほどこうとしても、意外と力が強くて無理だった。
もやしみたいにひょろいくせに、どこにそんな力があるんだよ。
一体、こいつは何者なんだ。
思想はプラズマ団と一緒だ。Nがプラズマ団の仲間である可能性はある。
でも、こうしてプラズマ団の邪魔をしている俺に協力しようとしている。味方、と思っていいのだろうか。
「……いないね」
その声にはっと我に返る。
考えているうちに、遊園地の一番奥にある観覧車の前まで来ていたみたいだ。
Nが俺に向き直る。
「観覧車に乗って探すことにしよう」
「なんでだよ」
「高いところからの方が探しやすいだろ?」
「まあ、確かに」
でも、敵か味方かわからないやつと観覧車なんて乗りたくない。というか、男と二人で乗りたくない。むさ苦しいだろ。
でも、Nはそんなことお構いなしらしい。
「ボクは観覧車が大好きなんだ」
「それがどうした」
唐突すぎて意味がわからない。プラズマ団探すのとなんの関係があるんだよ。
「あの円運動……、力学……、美しい数式の集まり」
「うわっ、そんなこと考えて観覧車乗る奴初めて見た」
前々から思っていたけど、Nの話は難しい。正直、半分も理解できない。
チェレンだったら、もう少し理解できるんだろうか?あいつ、昔から頭はよかったし。過保護なのと自信家なのが玉に瑕だけど。
「お前が観覧車好きなのはわかったけど、一緒に乗るのは勘弁し」
「じゃあ、乗ろうか」
「頼むから俺に拒否権をくれ!」
Nに引っ張られて無理矢理観覧車に乗せられる。
係員のお姉さんに滅茶苦茶変な目で見られた。
そりゃそうだ。
男二人で観覧車、さらに手まで繋いでたら(掴まれてるだけだけど)不審だよ。誤解されても仕方ねぇよ。もうこの観覧車利用できねぇよ。
「二人で乗る意味はあったのか?」
「この観覧車、二人乗りなんだ」
「お前が乗りたかっただけか!」
やたら協力的だなと思ったら、そういうことか。
こいつ、人間の友達いなさそうだし。
今すぐ降りたい。
けど、乗ってしまったものは仕方ねぇか。
とっくに座席に座っていたNの対角線上に座り、プラズマ団を探すために窓の外を見た。
眼下では親子連れやカップルなんかが、楽しそうに笑い合っている。
羨ましい。遊園地というものは、そういうものだよな。
なのに、なんで俺はプラズマ団を追いかけて、さらに電波な不審者と観覧車に乗っているんだろうか。
横目でその不審者を見ると、外の景色をじっと見ていた。どことなく楽しそうに見えるのは気のせいか。
再び視線を地上に戻す。
けれど、プラズマ団は見付からない。
ゴンドラが天辺近くまで来たとき、唐突にNが口を開いた。
「ミスミ」
「なんだよ」
緩慢な動作でNの方を向くと、考えの読めない瞳とかち合った。
口元にはいつもの薄笑い。
ああ、嫌な予感がする。
「最初に言っておくけど、ボクがプラズマ団の王様」
まるで今日の夕飯のメニューでも言うかのようにあっさり告げられたものだから、何を言われたのかわからなかった。
前々から怪しいとは思っていたし、正直に言うと、あまり関わり合いたくない類の人間だというのに、こいつが敵だというのが意外とショックだったみたいだ。
それは、多分、こいつがポケモンを大切していることを知っているから。
「そうか」
俺はなるべく平静を装った。
とうに悟られているかもしれないが、驚いたなどと思われたくなかった。
「ゲーチスに請われ、ポケモン達を救うんだよ」
「なんで、そんなことを俺に教えるんだ?お前を捕まえて警察に連行するかもしれないぞ」
「ボクが見た未来では、キミはそんなことしない」
「相変わらずぶっ飛んだ思考回路してんな」
否定しなかったのは、本当にそんなことをする気が起きなかったからだ。
相手はプラズマ団のボスだというのに、なにを躊躇っているのか。
だいたい、本来なら逃げ場のない場所で敵と二人きりというこの状況に、もっと危機感を抱かなければいけないはずなのに。
まだ、Nがプラズマ団のボスということを実感できていないせいだろうか。
目の前のやつを改めて見る。
やっぱり、俺の思い描いていた悪の組織のボスと違う。
「この世界には、どれほどのポケモンがいるのだろうか」
「さあな。数えきれないくらいだろ」
「陳腐な答えだね」
「悪かったな」
気付けばゴンドラは天辺を過ぎ、ゆっくりと降下していた。
あと5分ほどで地上に着くだろう。
長いようで短い時間だった。
「もうすぐ着いてしまうね」
「もっと乗っていたそうだな」
「これが最初で最後だからね」
目を伏せて呟かれたその言葉の意味が気になったけれど、何故か訊く気にはなれなかった。