三年前、ロケット団を一人で壊滅させ、リーグチャンピオンになったヒヅキというトレーナー。
テレビで知った彼に、僕はアキラとユイに呆れられるくらい憧れた。
彼の噂を聞くたびにその思いは強くなって、彼のようなトレーナーになるのが夢になった。
その思いを胸に抱きながら、一歩一歩彼へ続く道を歩み続けた。
そうして、辿り着いた場所は−−−。
******カントーとジョウトの間に聳え立つシロガネ山。
そこは強い野生のポケモンが棲息しているため、実力を認められたトレーナーしか入ることが許されない。
かくいう僕も、先日オーキド博士に認められて、ようやく入ることが出来た。
ハヅキさんによると、野生のポケモンと戦いながら頂上を目指すだけでも、かなりの修行になるらしい。
「グレイ、頑張って頂上まで登ろう!」
はりきっているバンギラスのグレイを連れて、意気揚々とシロガネ山洞窟に入る。
出てくる野生のポケモンは恐ろしいくらい強くて、実力を認められたトレーナーしか入れない理由を痛感させられた。
必死にポケモン達を戦わせながら進んでいくと、一際高い崖が立ちはだかった。
「ここを登れば、頂上かな?」
グレイの“ロッククライム”で一気に登る。
崖の上から見下ろすと、あまりの高さに足が竦んだ。
「ありがとう、グレイ。はやく行こう」
出来るだけ崖から離れて、興味深そうにあたりを見回しているグレイを促す。
グレイはまだ洞窟内を気にしていたけれど、大人しく付いてきてくれた。
バンギラスの棲息地はシロガネ山。グレイは僕の家で卵から孵ったポケモンだけれども、何か心惹かれるものがあるのかもしれない。
洞窟からでると、長い一本道が伸びていた。
吹雪のせいで果ては見えないけど、多分山頂へと続いているのだろう。
寒さでかじかむ手を擦りながら進んでいく。
シロガネ山は一年中雪に覆われていると聞いていたから、防寒対策は一応してきたけれど、それでも寒い。
グレイの方を窺うと、寒いのか首を竦めている。
僕よりもずっと大きくて頼りがいがあるのに、寒さに震える子供みたいでおかしくて、思わず笑みを漏らした。
途端、空気が変わった。
******遠くから、肌を刺すような威圧感が漂ってくる。
グレイが山頂に向かって吠えだした。
何かがそこにいる。
ここに来るまでに戦ったポケモン達なんて比べものにならないくらいに強く恐ろしい何かが。
息を詰め、少しずつ近付いていく。
吹雪で霞む視界に人影が映った。
威圧感を発しているのはあの人だ。
半袖に赤い帽子。肩にピカチュウを乗せている。
こんな雪山に半袖なんて、本当に人間なんだろうか。実は、新種のポケモンなんじゃ。
訝しく思いながらも距離を詰める。
相手の顔が確認できるところまで近付いた瞬間、僕は息を呑んだ。
「あなたは……!」
「………」
黙ったまま見据えてくるこの人を、僕は知っている。
三年前、ロケット団を一人で壊滅させ、リーグチャンピオンになった、伝説のトレーナー。
「ヒヅキさん、ですか?」
彼は答えない。
肯定、ということだろうか。
僕はヒヅキさんを見据え返す。
「僕は、ワカバタウンのキョウスケといいます。あなたに憧れてトレーナーになり、ここまで来ました」
ただ見られているだけなのに、戦慄が背筋を駆ける。
それでも、憧れの人に会えた喜びのほうが大きい。
「僕と、バトルしてください!」
ヒヅキさんは何も言わずにボールを投げた。
ボールが地に着いた時、バトルは始まった。
******「戻れ、セイ」
勝敗はあっさり着いた。
ヒヅキさんのカメックス一体に、僕の手持ちは全滅させられた。
ここまで実力の違いを見せ付けられたのは初めてだ。
勝てるはずなかったんだ。だって、相手は最強のトレーナーだ。戦えただけでも、幸せなんだ。
ふとチャンピオンを見上げると、興味が失せたというように背を向けた。
ああ、僕にとっては待ち望んでいたバトルだったとしても、彼にとっては取るに足らないバトルだったんだ。
悔しい……。
悔しい。
悔しい!
「待ってください!」
思わず、僕は彼を呼び止めた。
チャンピオンが驚いたように振り返る。
弱音を吐く自分を叱咤して、僕は立ち上がった。
「さっき、僕は手も足も出ませんでした」
諦めるなんて自分らしくない。
「でも、もっと強くなって、またここに来ます!」
何度負けても、立ち上がって来たのが僕だったじゃないか。
「何度でも、あなたに挑み続けます!」
戦えただけで幸せなはずがない。
「いつか、絶対にあなたを越えてみせます!」
僕が目指すのは、彼を越えたその先なんだから。
「受けて立つ」
頂点で待つチャンピオンが、かすかだけれど笑った気がした。
これ書いた時、キョウスケのバンギラスのニックネームはギラスじゃなかったんですね。