「逃がしちまったな」
「ポケモンは取り戻せたんだ。それでよしとしよう」
独り言のように零れた呟きに、チェレンが慰めるように肩を叩く。
そうだな、と返した声には、まったく気持ちが籠らなかった。チェレンも気付いたのか、窺うような目でオレの顔を覗き込んだ。
「プラズマ団が言ったこと、気にしてるの?」
「そういうわけじゃねえけど」
どう話せばいいのかよくわからなくて言葉を濁すと、チェレンは幼い子供を諭すような顔で微笑した。
「気にすることはないさ。ポケモンの能力を引きだすトレーナーがいる。トレーナーを信じてそれに応えるポケモンがいる。これでどうして、ポケモンが可哀想だなんて言えるんだ?」
「チェレンはそう信じてるんだな」
それが正しいかどうか、オレにはまだわからない。
多分、オレの胸に渦巻く疑問に答えられるのはポケモンたち自身だ。だから、オレはこいつらを信じて、こいつらの声に耳を傾けるべきなんだろう。
すべてのポケモンを幸せにするとか、すべてのポケモンと人間を繋ぐ架け橋になるとか、そんなたいそうなことはできないかもしれない。けど、せめて、オレと一緒にいることを選んでくれたタージャとリクの気持ちだけは裏切りたくない。
チェレンがまだなにか言いたげな目をしていたが、オレはあえて気付かないふりをした。
「ところで、さっきの岩雪崩と閃光はなんだったんだろうな」
話題を変えたくて、もう1つの疑問を口にする。
と、
「あだっ!」
突然背後から奇襲を受けた。
背中に強い衝撃を受け、前のめりに倒れていく。顔面から地面に突っ込みそうになり、オレは反射的に手を前に出してなんとか顔だけは守った。
どこのどいつだ、こんなことしやがるのは!
ばっと振り返ると、シママとその背に乗るモグリューが楽しげにオレを見下ろしていた。
モグリューの方は旅に出てから初めて見たが、シママの方には見覚えがある。普通のシママよりも鋭い眼光は、昨日保育園で出会ったシママと同じだ。
「お前、昨日のシママだよな?」
立ち上がりながら尋ねると、シママはそうだと主張するように前足を上げていなないた。
そのせいで落ちかけたモグリューが、慌てて鬣を掴んで踏ん張る。抗議するようにモグリューが鳴くと、シママはすまなそうに前足を下ろした。
「えっと、そっちのモグリューはお前の友達か?」
シママが首を縦に振る。モグリューも同じようにうんうんと頷いた。
「さっき助けてくれたのも、お前らか?」
2匹はさっきよりも勢いよく首を縦に振る。
どうやら、その通りらしい。
「そっか、ありがとな。おかげで助かった」
シママはにっと口の端を上げ、モグリューは勢いよく腕を振り上げた。
それをチェレンが物珍しそうに見ていた。
「この2匹は、野生のポケモンだよね?」
「ああ。シママの方は昨日色々あって仲良くなったけど」
「流石、君は昔からポケモンと仲良くなるのがはやいね」
そうでもねえと思うけど。
確かに仲良くなりはしたけど、一緒に旅することは拒否されたし。他の一度はゲットしたポケモンにだって、ふられまくってるし。
わざわざ否定するほどでもねえから、お世辞としてありがたく受け取っておくけど。
「さてと、あの女の子にポケモンを返しに行こうか」
「おう」
タージャがジャンプしてフードに入ったのを認め、出口に向かって歩き出したチェレンを追う。
その後を何故かモグリューを乗せたシママもついてきていた。
******3番道路で待っていた女の子にチェレンがモンスターボールを渡すと、泣きべそかいていた顔がみるみる明るくなり、花が咲くように満面の笑みが広がった。
「おにいちゃんたち、ありがとう!」
「またとられないよう、気を付けるんだよ」
「うん、たいせつにする!」
女の子はモンスターボールから球根のようなポケモン――チュリネを出して、宝物みたいにぎゅっと胸に抱いた。チュリネも再会を喜んでいるのか、すりすりと女の子に身体を寄せる。
多分、このチュリネはこの子と一緒にいられて幸せだろうなと、根拠もなしに思えた。
「ミスミ、チェレン、本当にありがとう! 2人でポケモンを取り返してくれたんだよね。ほんと、ミスミたちと友達でよかった!」
ベルも自分のことのようにぴょこぴょこ飛び跳ねて喜んでいる。
すっかりいつもの調子に戻っていて、オレは少しほっとした。プラズマ団相手に憤慨していたベルは、ちょっと怖かったからな。
「オレたちだけじゃなくて、このシママとモグリューのおかげでもあるんだ。だから、こいつらにもお礼してやってくれよ」
「そうなの? シママ、モグリュー、ありがとう!」
「ポケモンさんたちもありがとう!」
ベルと女の子にお礼を言われ、シママとモグリューは得意げに胸を張った。
この2匹がどういうつもりで助けてくれたかは未だにわからないが、やっぱりいいやつらだ。
「じゃ、オレたちは先に行くよ。チェレン、ベル、またな」
「うん、またね!」
「君も気を付けるんだよ」
ベルとチェレンに見送られ、疲れたのかいつものようにフードの中で眠るタージャを起こさないスピードでシッポウシティに続く道へと歩き出す。
その後を、何故かシママとモグリューが当然の顔をしてついてきた。
「おい、お前ら、なんのつもりだ?」
足を止め振り返って尋ねるが、やんややんやと鳴かれても意味はわからない。
途方に暮れると、まだそう離れていない位置にいるベルが胸の前で手を打った。
「もしかして、ミスミについていきたいんじゃないかな?」
「昨日シママを誘ったけど、断られたぞ」
ベルは頬に手をあて少し唸った。
「気が変わったんじゃないかな?」
「それか、断ったんじゃなくて、モグリューを誘いにいっただけなんじゃないかな? シママとモグリューは友達なんだろ?」
チェレンの意見に、ぶんぶんとシママとモグリューが盛んにに頷く。
まじかよ。昨日シママに断られて結構ショックだったのに、そんなオチかよ。
呆れる自分と嬉しく思う自分が同時に出てきて、なんともいえない表情になってしまう。それをどう受け取ったのか、シママとモグリューはおろおろと狼狽えた。
連れて行ってもらえないって思ったのか?
それで不安になる程度には、期待していたのだろうか。
そう思うと、嬉しさが勝って、自然と口元が緩んだ。
「じゃ、オレと一緒に旅をしようぜ」
いつもの文句で誘えば、シママとモグリューは瞳を輝かせ声を上げた。