“正義”対“正義”
リクにやつらの臭いを追ってもらうと、3番道路の突き当たりにある洞窟に辿り着いた。
チェレンが中を覗き込み、顎に手をあてて思案顔をする。

「地下水脈の穴か。奥まで逃げられたらやっかいだな」

「なにかあるのか?」

「洞窟の奥には水脈があって、“なみのり”を使わないと進めないんだよ」

オレは自分とチェレンの手持ちを思い浮かべてみた。
タージャとリクはもちろん、チェレンの手持ちであるポカブとチョロネコも“なみのり”は使えないはずだ。
最奥まで逃げられたら、こっちは打つ手なしってわけか。

「じゃあ、その前にとっつかまえねえとな」

覚悟を決めて、地下水脈の穴に足を踏み入れる。
ポケモンが掘ったのか自然にできたのか、洞窟の壁や天井にはところどころ穴が開いていた。そこから差し込む光が、うっすらと洞窟内を照らしている。
洞窟の奥に流れる水脈のせいか、漂う空気はひんやりとしていて、踏みしめる地面も湿っていた。洞窟内には野生のポケモンも棲息しているのだろうが、今は姿を隠してしまっているらしく、随分と静かで、どこからか響いてくる水音がやけに大きく聞こえた。

リクの鼻を頼りに早足で進みながら、注意深くプラズマ団を探す。
と、大きな水脈の前で立ち往生しているプラズマ団の姿が見えた。
あいつらも“なみのり”の使えるポケモンを持っていなかったのか。好都合だ。

「もう逃がさねえぞ、プラズマ団!」

「あの子のポケモン、返してもらうよ!」

苦々しい顔で振り返ったプラズマ団に、オレはチェレンと2人で詰め寄った。
プラズマ団のうちの1人が青い顔で震える。それを横目で見たもう1人は逆に冷静になったのか、苦汁に満ちた顔を見下し顔に変え、尊大に鼻を鳴らした。

「あんな子供にポケモンは使いこなせない。それではポケモンが可哀想だろう?」

「そ、そうだ! このポケモンは、人に使われてかわいそうだ!」

態度のでかいやつの後ろで、もう1人がびくびくと叫ぶ。
きっと睨みつけてやると、気弱な方はひっと短い悲鳴を上げて偉そうなやつの後ろに隠れた。
こんなんで怯えるくらいなら、最初から犯罪なんかしてんじゃねえよ。

「どんな理由があろうと、ひとのポケモンとったら泥棒だろうが」

「お前たちのような子供に、我々の正しさが理解できるはずもないか」

尊大な方がやれやれと肩を竦める。
頑なに自分が正義だと信じて疑わず、それ以外を見下す態度がいつぞやの青年と重なり、より苛立ちが募った。
隣でチェレンが大きくため息を吐く。

「ポケモンドロボウが何を開き直っているんだか。ミスミ、こいつら、話が通じないメンドーな連中だね」

「みたいだな」

プラズマ団を見据えたまま、オレはチェレンに同意した。
オレたちの会話が聞こえていたのか、プラズマ団が顔を顰める。

「お前たちのポケモンもこのポケモンと同じだな。少しでもポケモンを想う心があるのなら、我々プラズマ団に差し出せ」

さあ、と尊大な団員がこっちに手を伸ばす。
リクもチョロネコも、フードの中のタージャも身を強張らせた。
オレとチェレンはプラズマ団を睨み上げ、口を揃えて答えた。

「断る!」

「ならば力づくで奪ってやるよ!」

尊大な団員がモンスターボールを投げる。慌てて気弱な団員もボールを放り投げた。
気弱な団員のボールから現れたのは、この辺でもよく見かけるマメパトだった。だが、尊大な団員のボールから現れたのは、見たことのないポケモンだ。頭と首元に白いリボンのようなものがついていて、丸く大きな青い瞳でオレたちを見つめてくる。

「チェレン、あれは?」

「ゴチム、エスパータイプのポケモンだよ。だったら、チョロネコ!」

チェレンの声に応え、チョロネコがすばやく前に出る。

オレはちらとリクを一瞥した。リクはプラズマ団を見上げたまま、耳を伏せて硬直している。
普通のポケモンバトルはともかく、こんなやつらの相手はまだ怖いに決まってるよな。

「リク、今は下がってろ」

びくっと飛び上がり、リクは一つ返事をしてオレの後ろに隠れた。
リクをボールに戻し、肩越しにフードの中のタージャを見やる。

「タージャ、頼んだ」

わかってるとでも言うように、タージャは鼻を鳴らして地面に降り立った。
タージャもプラズマ団が気に入らないのか、鎌首をもたげて威嚇する。ゴチムは無反応だったが、マメパトは短い悲鳴を上げた。
それに尊大な団員が苛立ちを見せた。

「こんな子供の使うポケモンに怯える必要はない。さっさと倒して奪いとるぞ」

「は、はい! マメパト、“かぜおこし”」

マメパトがおっかなびっくりではあるが、勢いよく羽ばたきつむじ風を起こす。
それは旋回しながらタージャに向かっていった。

「タージャ、“グラスミキサー”!」

タージャは尻尾を振り払い、草葉の旋風をつむじ風にぶつけて消し去った。
そこに、

「“ねんりき”」

ゴチムがよくわからないエネルギーの球体――おそらく念――をタージャに向かって放つ。
わざを出した隙を狙われ、タージャは咄嗟に反応できず目を見張るしかなかった。

「チョロネコ!」

タージャに念の球があたる瞬間、チョロネコが間に割って入った。思わずあっと声を上げたが、チョロネコはそよ風に吹かれているかのような涼しい顔で攻撃を受け流す。
そうだった、あくタイプのチョロネコにはエスパータイプのわざは効果がないんだった。

チョロネコは振り返ってタージャに一瞥くれると、不適な笑みを見せた。
タージャは顔をそむけ、ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らす。お前の助けなんかいらなかった、とでも言いたげだ。

「おい、仲間同士で煽り合うな」

「喧嘩なんかしてないで、すぐに反撃するんだ。“つじぎり”!」

「こっちもいくぞ、“まきつく”!」

チョロネコは磨き上げられた爪でゴチムに切りかかり、タージャは蔓を伸ばしてマメパトを拘束する。
捕えられたマメパトは気弱な団員とともにおろおろと狼狽えるだけで何もできない。このまま徐々に体力を削られていくだけだ。
が、ゴチムの方はそう簡単にはいかなかった。

「“あまえる”」

チョロネコの攻撃があたる寸前、ゴチムは可愛らしく小首を傾げ、潤んだ瞳でチョロネコを見つめた。
チョロネコがかすかにたじろぐ。攻撃は一応ゴチムにあたったものの、それには鋭さなど微塵もない。

「さらに、“うそなき”」

たいしてダメージを受けたわけでもないのに、ゴチムはわんわんと洞窟中に反響するほどの声で泣き喚いた。大きな瞳からぼろぼろと涙を零す様に、チョロネコがぎょっとする。
明らかに嘘とわかるのに、こうも小さく愛らしいポケモンに泣かれると、こっちが悪者みたいだ。

「そして、“チャージビーム”!」

尊大な団員と同じ顔でゴチムがにやりと笑う。そして、手を頭上に掲げてエネルギーを集め始めた。
チェレンが焦りを隠しきれない様子で指示を飛ばす。

「チョロネコ、“ふいうち”!」

咄嗟の指示に、チョロネコは爪を伸ばした手でゴチムに殴りかかった。だが、ゴチムはそれを気にすることもなく、余裕の表情でエネルギーを溜めている。ゆったりと構え、じわじわと少しずつ。
まるで、チョロネコが焦るのを見て、楽しんでいるかのようだ。

だったらその余裕、打ち砕いてやろうじゃねえか。

「タージャ、マメパトをゴチムに叩きつけちまえ!」

タージャはマメパトを縛る蔓を身体ごと捻じって大きく振りかぶり、反応の遅れたゴチムに振り下ろした。地面を抉るほどの衝撃を受け、“チャージビーム”が暴発する。真上に発射された光線が天井部に穴をあけ、轟音とともに瓦礫が降り注いだ。
その直前にタージャが蔓でチョロネコを薙ぎ払い、巻き込まれないところまで軽く飛ばす。空中で体勢を整え難なく着地したチョロネコが、きっとタージャを睨んだ。タージャは口の端を上げて見返した。
こいつら、やけに張り合うな。同族嫌悪ってやつだろうか。

崩落が収まった頃、警戒してマメパトとゴチムに注意を向ける。2匹は瓦礫に埋もれて目を回していた。流石にもう戦う気力は残ってないだろう。
暴発は予想外だったが、うまくいったみたいだな。

「わわっ、マメパト! ゴチム! 大丈夫か!?」

我に返った気弱な団員が、慌ててマメパトとゴチムをモンスターボールに戻す。
その隣で、尊大な団員が苦々しげに歯を食いしばった。

「何故だ! 何故正しき我々が負ける!?」

倒れたポケモンを心配することも労わることもしないで、尊大な団員は取り乱し叫んだ。
夢の跡地の時から思ってたが、こいつら「ポケモンのため」とか言いながら、全然ポケモンのために行動しねえな。気弱な方はそうでもねえみたいだから、一部が腐ってるだけかもしれねえけど。

「どんな大義があるかは知らねえが、ひとのポケモンを奪うのは間違ってるだろうが」

「その通り。さあ、あの子から取り上げたポケモンを返しなよ」

じりじりと迫れば、プラズマ団は自分を守るかのように腕を抱いて後退る。だが、奴らの背後には水脈が広がっている。逃げ場はない。
プラズマ団もそれをわかっているのか、隙を窺うような目でこっちを見据えている。

その時、

「返す必要はないぜ!」

洞窟の奥から低い声が響いた。
影が2つ、滑るようにこっちにやってくる。薄明るい光に浮かび上がったそいつらは、プラズマ団と同じ格好をしていた。その足下にはピンクの頭らしきものが見える。よく見えないが、多分“なみのり”を使うポケモンだろう。

くそ、まだ仲間がいたのか。

「大変だよな。理解されないばかりか、邪魔されるなんて」

岸に降りたプラズマ団が心から同情するよとばかりに肩を竦める。
それに続いて、もう1人が尊大な団員に声をかけた。

「お前たちはこのブルンゲルに乗って逃げろ」

2人のプラズマ団をここまで運んできたポケモンが、ベールのような触手を挙げて主張する。
助かったと張りのない声で言い、尊大な団員と気弱な団員が我先にとブルンゲルに向かった。

「逃がすか! タージャ、“つるのムチ”!」

「そうはさせるか。“とおせんぼう”だ」

オレの指示とほぼ同時に、2人組のうちの片方がボールを投げる。タージャが蔓でブルンゲルを狙うが、ボールから現れた赤い突起のついた岩のポケモンによって防がれてしまった。図鑑で確認したところ、ガントルというポケモンらしい。見た目通りなら、恐らくいわタイプだろう。
だから、相性はこっちが勝ってるはずだ。なのに、ガントルはひるむことなくオレたちの前に立ちふさがる。黒々とした大きな岩の身体で、この先に行くことを許してはくれなかった。

「チョロネコ、“つじぎり”!」

「“てっぺき”」

「タージャ、“グラスミキサー”」

「“まもる”」

チョロネコの攻撃もタージャの攻撃も、ガントルは物ともせずに受け止める。
明らかに時間稼ぎだ。
今こうしている間にも、ブルンゲルに乗った奴らの背は遠ざかっていく。
どうにか隙を突いてあいつらを追いかけたいが、“とおせんぼう”のせいでここから動くこともままならない。

どうすればいい。このままじゃ、あいつらに逃げられてしまう。
ポケモンを取り戻すって、ベルとあの女の子に約束したのに。

ふと、水脈の先から轟音が響いた。
少し遅れて地面が揺れ出し、バランスを崩して危うく転びかける。が、なんとかその場で踏ん張った。収まらない揺れの中、顔を上げて視界に映った光景にオレは目を見張った。

ブルンゲルの進行を邪魔するように、岩が雪崩のように降り注いでいた。
慌てふためく団員を乗せたまま、ブルンゲルは降り注ぐ岩から逃れようと進路を変える。それでもブルンゲルを追いかけ、どこからともなく岩は降り続ける。
そして、岩の間に青い閃光が走った。

「あれは!」

昨日、保育園で見たシママの姿と今の光景が重なる。
まさか、あいつなのか?
だとしたら、どうして……。

閃光は勢いを増し、稲妻のようにブルンゲルに突っ込んだ。電撃を纏った突進を受け、団員たちもろともブルンゲルは吹き飛ばされる。
やけに綺麗な弧を描いて、ブルンゲルとプラズマ団は先程の瓦礫の山に落ちた。砂埃が上がる中、手足を投げ出して気を失っている。

「どういうことだ!」

「お前たち、何をした!?」

今にも掴みかからんばかりの勢いで、プラズマ団の2人組が怒鳴る。
が、それはオレだって聞きたい。なんだって、こんな都合のいいことが起きるんだ。
混乱で働かない頭で必死に考えている間に、先に我に返ったチェレンが動いた。

「チョロネコ、“どろぼう”」

チョロネコは気絶している尊大な団員の元へ俊敏な動きで駆け寄ると、懐からさっとモンスターボールをくすねた。にやりと意地の悪い笑みを浮かべ、跳躍してチェレンの足元に戻る。

「あの子のポケモンは返してもらうよ」

チェレンはチョロネコからモンスタボールを受け取り、プラズマ団の2人組に向かって挑発的に口角を上げてみせた。
プラズマ団の2人組は苦虫を噛んだ顔で舌打ちする。

「今回はこの辺にしておいてやろう」

「だが、いつか我々の正しさを思い知るだろう。我々は愚かな人間からポケモンを救うために活動しているのだから」

負け惜しみなのか、本気でそう信じているのか、プラズマ団はやけに自信満々に言い切った。
それにチェレンが眉を寄せる。

「……やれやれ、本当にメンドーくさいな。どんな理由があろうと、ひとのポケモンを盗っていいわけないよね?」

プラズマ団が拳を握りしめ、暗く険しい目でチェレンを射抜く。

「お前たちのようなポケモントレーナーがポケモンを苦しめているのだ……」

「……何故トレーナーがポケモンを苦しめているのか、全く理解できないね!」

チェレンは自分が正しいと疑う様子もなく、語気を強めて言い切った。まるで、さっきのプラズマ団のように。
そのせいか、オレの中で疑念が生まれた。

本当にそうなんだろうか。
プラズマ団が正しいって言う気はねえけど、チェレンの言う事も正しいとは言い切れないんじゃねえか。
信じたいのはチェレンの言葉だ。プラズマ団のやったことは許せない。だが、やつらの言葉で思い出す。
トレーナーに捨てられたかもしれないベルのチラーミィのこと。オレの未熟さのせいで無理をさせてしまったタージャのこと。そして、リクと出会ったばかりの頃のことを。
それらの記憶が、プラズマ団の主張すべてを否定させてくれなかった。

「……いつか自分たちの愚かさに気付け」

プラズマ団は憐れみの籠った声音で吐き捨て、懐から取り出したボールを投げた。
ボールが地面に着くと同時に、ボールの開閉によるものだけではない強い光が放たれた。あまりの眩しさにぎゅっと目蓋を閉じる。
光が収まり目が開けられるようになった頃には、プラズマ団の姿はどこにもなかった。
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