未だ見えぬ真実
ゲートを抜けると、景色は一転してレトロな街並みに変わった。
石畳の通り。そこに立ち並ぶ古い赤レンガの倉庫。街角に佇むクラシックな街灯。その前を走る打ち捨てられた線路。傾き始めた日に伸びる影すら、この街に郷愁という彩りを添えていた。

「ここがシッポウシティか。流石、芸術の街と呼ばれてるだけあって、お洒落なとこだな」

いつものようにフードに入ったツタージャのタージャと、オレのすぐ後ろを歩くヨーテリーのリクが同意するように短く鳴く。が、新しく仲間になったシママのシーマとその背に乗るモグリューのグリは、よくわからないといった顔でゆっくりと首を傾げた。

ここ数日でわかったが、この2匹はバトルや食べ物には多大な興味を示すが、景色の美しさや芸術なんかにはあまり関心がないようだ。
時々反応が薄いことにほんの少し寂しさは感じるが、同じものを見て同じことを感じる必要もないし、こいつらがこいつらなりに旅を楽しんでいるならそれでいい。

「なあ、この線路がどこまで伸びてるか気にならないか?」

辿ってみようぜ、と誘えば、温度差はあれど――具体的には、シーマとグリはノリがよく、リクは行儀がよく、タージャはクールぶって冷たい――反対されることはなかった。

街から森へと伸びる線路の上を歩く。
地下鉄がイッシュ中に張り巡らされてから、この線路はずっと使われていないらしい。軌道に絡む草や割れた橋梁が、放置された年月を物語っていた。

こうして仲間と一緒に線路を歩いていると、昔ビデオで見た古い映画を思い出す。
線路の上を歩いてひと夏の冒険に出かける4人の少年の話。小さい頃に一度見たきりだから内容はよく覚えていないけど、線路の上を歩くシーンだけはやけに印象に残っている。
父さんはその映画の主題歌が好きで、よく歌っていた。「君がいれば怖いものなんて何もない。だからそばにいてほしい」みたいなことを恥ずかしげもなく歌う歌だった。

なんとなく懐かしくなって、オレはうろ覚えの歌を口ずさんだ。
リクがゆっくりと尻尾を振り、シーマとグリが適当な合いの手をいれる。タージャはオレの後頭部にもたれてて、どんな顔をしているのかはわからなかった。

どんどん足を進めていけば、周りの景色はレトロな街から青々とした雑木林、そして泥の臭いのする湿地へと移り変わっていく。
行き止まりとばかりに線路を遮る柵も乗り越えていくと、聞き馴染んだ声が耳に届いた。

線路を外れてそっちに向かうと、やっぱり真剣な顔をした眼鏡の幼馴染――チェレンがいた。
その前で、チェレンのポカブが野生らしきポケモンと向かい合っている。

湿地を飛び跳ねるそのポケモンは、はじめて見るやつだ。
手足はなく、黒く丸い頭から水色のヒレだけが生えている。なんとも形容しがたい珍妙な顔の横には、ヘッドフォンのように青い半球体がついていた。それがなければ、どことなく音符のような形に見えなくもない。
図鑑で確認したところ、オタマロという種族らしい。

オタマロは口を突きだし、そこから無数の泡を激しく噴き出した。

「ポカブ、“ワイルドボルト”!」

ポカブはチェレンの指示に合わせ、身体に電気を纏わせて地面を蹴る。向かいくる泡の光線を突っ切り、勢いを殺すことなくオタマロにぶつかっていった。
稲妻の突進をもろに受けたオタマロはぶっ飛び、そのまま逃げるように湿地の奥へ飛び跳ねていく。

「よし、いいぞ。ポカブ」

チェレンに褒められ、ポカブはその場で嬉しそうに跳ねた。

チェレンもポカブもいい顔をしてる。

オレは賞賛の意を込めて拍手を送った。

「今のポカブの攻撃、すごかったな」

「ミスミ、見てたの?」

オレたちに気づいたチェレンが、目を丸くする。

「おう、ばっちりな!」

親指を立てて見せれば、チェレンは気恥ずかしげに眼鏡に触れた。その足元で、フードから降りたタージャもポカブの肩を労うように叩いた。

その時、ポカブの身体が震えた。身体の内側から光を放ちはじめ、輪郭があやふやになっていく。そして、一際強い光に目を焼かれたかと思うと、そこには小さなポカブの面影はあるものの、二回り以上も大きく、顔も厳ついポケモンがいた。

「進化した……?」

「ああ。そろそろだと思ったよ」

驚くオレとは対照的に、チェレンは当然のことのような、それでいてどこか得意げな顔で四足歩行から二足歩行になった相棒を見つめていた。

「チャオブー」

チェレンが呼んだ名に、ポカブ――だったポケモンが振り返る。
どうやら、それがポカブの進化系の種族名らしい。

「進化した身体はどう?」

「ブウ」

チャオブーは力こぶをつくるように腕を曲げたり、その場でドンドンと足踏みしてみたりした。
絶好調だと言いたげな仕草に、チェレンが満足そうに頷く。

そして、もう1人、いや、もう1匹、チャオブーの一挙一動を注視するポケモンがいた。タージャだ。
タージャとチャオブー、それからベルのミジュマルは同じ場所で生まれ育ったと聞いている。幼馴染――もしかしたらライバルと言っても過言ではないかもしれない相手が、進化し、より強い力を手に入れたんだ。やっぱり気になるんだろう。

「タージャもいつか進化するのかな」

「ツタージャとポカブ、それにミジュマルの成長速度は近いらしいから、君のツタージャもそろそろ進化するんじゃないか」

「ふーん」

オレはチェレンみたいにチャンピオンを目指しているわけじゃないから今のままでもいいけど、タージャはやっぱり進化したいんだろう。チャオブーを見上げるタージャの瞳は、雄弁にそのことを語っている。
なら、トレーナーとして、手伝ってやらないとな。

「ところで、ミスミはシッポウジムに挑戦するの?」

「ああ、そっか。シッポウにもジムがあるのか」

チェレンに言われて、はじめて気付く。
もともと、ポケモンリーグに出ようなんて考えはなく、当然リーグへの出場条件であるジムバッジ8つを集めようという気もなかった。
でも、どうしてかオレの手持ちには「強くなりたい」と願ってるやつらばっかり集まってるみたいだし、挑戦してみるのも悪くなさそうだ。

「そうだな、シッポウのジムリーダーとも戦ってみるか」

「戦う」という言葉に、シーマとグリが興奮して飛び跳ねた。その隣でリクが気張り、タージャは鋭く目を細める。
全員やる気満々だな。

「それじゃ、アドバイス。シッポウシティのジムリーダーはノーマルタイプの使い手。かくとうタイプのポケモンがいると、かなり有利かもね」

チェレンはチャオブーを横目で見ながら言った。
これはただの勘だが、進化したことによってチャオブーはかくとうタイプを手に入れたのかもしれない。

ジム戦のためだけにかくとうタイプのポケモンを手持ちに入れる気はないが、かくとうタイプのわざを覚えさせるのは手かもしれない。
あと、ノーマルタイプのポケモンは多彩なわざを使えるから、その辺の対策も考えて――。

「ありがとな、チェレン。参考にしてみる」
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