強くなりたい
リクを抱き、宿を探してサンヨウを散策する。
リクの怪我はたいしたことなさそうだったが、さっきのことが怖かったのか、ずっと腕の中で身震いしていた。

「なあ、リク。どうしてあんなことをしたんだ? ああなることはわかってたろ?」

リクは耳を垂らして、ただぷるぷると身体を震わせていた。
なんか、いつもと様子が違うな。
いつもなら怖いとひっついてくるのに、今は拒絶こそしないものの、すり寄ってくる様子はない。
もしかしたら、この震えは恐怖とは別のものからきているのかもしれない。

「ほんとに、どうしたんだ? 戦えるようになりたいのか?」

「きゃん!」

リクは大きく頷いた。その瞳は、今にも泣き出しそうだ。
やっぱり、タージャのことで責任感じてるのか。
あれは、気付いてやれなかったオレのせいなのに。

「さっきも言ったけど、タージャのこともお前のせいじゃないぞ」

「きゃうきゃう」

リクは首を何度も横に振った。
こいつはこうなったら絶対に聞かない。昔から、臆病なくせに意外と頑固だから。
リクを顔の高さまで上げ、目線を合わせる。

「リク、戦えるようになりたいか?」

「きゃん」

「守られてばっかは嫌か?」

「きゃん」

「臆病をなおしたいか?」

「きゃん」

オレの言葉1つ1つにリクは頷く。
その身体もがちがちに固まっている。けれど、決して目を逸らそうとはしなかった。 

「強く、なりたいか?」

「きゃん!」

その瞳の中には確かな強さがあった。
きっと、リクはもう守られてばかりだった小さなヨーテリーじゃないんだ。

「そうか。じゃ、オレはお前に協力するぜ」

リクはぱっと顔を明るくさせた。強張っていた身体の力を抜き、垂れていた耳を立てる。
オレの口角もつられて上がった。

リクとの付き合いもずいぶんと長くなるけど、こんな強さを秘めていたなんて知らなかった。

「まあ、協力するといっても、お前が頑張らなきゃ意味がないけど。今日みたいに、すぐ逃げるようじゃだめだな」

「くうん……」

再び耳が垂れてしまった。
片手で抱え直し、その頭を撫でてやる。

「ごめんごめん。戦おうとしただけでも、すごい進歩だよ」

「きゅうう」

リクは恨みがましい目で見上げてきた。
ちょっと言い過ぎてしまったか。

リクをあやしながら、強くなる方法を考える。
普通なら、実践あるのみだけど、リクはそもそもバトルすること自体に恐怖を感じているからな。
戦う意志はあるから、何かきっかけがあれば戦えるようになると思うんだが。
でも、簡単にいくわけないよな。攻撃を受けただけでもうだめだし、威嚇されたらすぐ気圧されるし。
なんとかなんねえかな。

「ミスミ、ストップ!」

背後から聞こえた声に、思わず足を止める。振り返ると、チェレンがぼんやりと照らされた薄青い闇をぬって現れた。
その腕には紙袋が抱えられている。買い物でもしてきたのか?

「こんなところで何をしてるの?」

「宿探しながら考え事。お前こそ、なにしてんだ?」

「君を探してたんだよ」

はいこれ、と手に持っていた紙袋を手渡してきた。
反射的に受け取ってしまったそれは、重くはないが軽くもない。
気になるのか、リクが紙袋に鼻を近づける。

「なんだ、これ?」

「サンヨウレストランのテイクアウト品。夕食を奢るって約束だっただろう?」

「あー、そうだったそうだった。タージャとリクのことで頭いっぱいになりすぎて、すっかり忘れてた」

あれだけ空いていた腹も空気を読んだのか、空腹を訴えてこなくなったし。
あぶねえ。
これがチェレンじゃなかったら、絶対に踏み倒されてた。

だと思ったとでも言いたげに、チェレンは苦笑した。

「一応、君が食べられないものは選んでないから安心しなよ」

「ありがとな」

チェレンなら変なものは買ってないだろう。
これがベルだったら自分の好みに沿って甘いものばっかか、冒険して色物を買ってくるんだろうけど。

「ついでに、宿の場所も教えてくれると助かるんだけど」

「じゃあ、ついてきて。こっちに、旅のトレーナー用のホテルがあるから」

先を行くチェレンのあとをついていく。
歩きながら適当に会話をしたが、チェレンはタージャのことを話題にださなかった。
正直、自分の中で整理がついたとは言い難いからありがたかった。

「お前の目標ってさ、チャンピオンだけど、オレらの年でなれるものなのか?」

「難しいことには変わらないけれど、可能性はあるよ。チャンピオンにはなれなかったけど、去年のポケモンリーグ優勝者は僕らと同い年だし、他地方では11歳でチャンピオンになった子供もいるらしいよ」

「11歳!?」

オレが11歳の時なんて、旅に出してもらえなくてわめいてたってのに。
世の中には末恐ろしい子供がいるもんだ。

「ん? そういや、なんで去年の優勝者はチャンピオンになれなかったんだ? ポケモンリーグで優勝したらチャンピオンなんじゃないのか?」

「君はいつの話をしてるの? 10年以上も前から、四天王とチャンピオンへの挑戦制度が始まっただろう?」

「知らねえよ。ポケモンリーグなんて、なんとなくテレビ中継やってたのを見たくらいなんだから」

ポケモンバトルにそこまで興味がなかったから、開催時期に見たい番組がなかったらチャンネルを合わせていた程度だ。
激しい攻防戦を見てるのは結構楽しかったが、ルールなんて気にしたこともなかった。

チェレンは呆れを滲ませた口調で説明しだした。

「ポケモンリーグに出場するには、ジムバッジを8つ集めなければならないのは知っているよね?」

「まあ、それくらいは」

母さんと父さんが旅の途中でジムに挑戦した話とかをしてくれたし。

「昔はポケモンリーグで優勝すればチャンピオンになれたらしいけど、十数年前から四天王とチャンピオンへの挑戦制度が始まったんだ」

「四天王って、確か強いポケモントレーナー達だよな。テレビで見たことある」

「そう。各種大会で優秀な成績を残し、厳正な審査に合格した4人のポケモントレーナーが四天王。ポケモンリーグの優勝者は、四天王とチャンピオンを倒して、はじめて新たなチャンピオンになれるんだ」

「チャンピオンになるって、大変なんだな」

ジムバッジ8つ集める段階で挫折するトレーナーも多いって、父さんから聞いたことがある。
それをクリアして、ポケモンリーグで優勝して、四天王とチャンピオンを倒して、やっと新チャンピオンか。
気が遠くなる話だ。

「お前って、すごく大変な夢を持ってたんだな」

「大変ではあるけれど、強くなれば子供でもチャンピオンになることができる。だから、僕ははやく強くなりたいんだ」

チェレンは昂ぶった様子で語った。
チェレンが夢を語るところを見たのは、これがはじめてだ。
意外と熱血だったんだな、こいつ。
オレ達に見せなかっただけで、ずっと大きな夢を抱いていたのか。
真面目だから、強くなるためにどうしたらいいかとかも、勉強してあるんだろうな。

……こんな身近に相談できそうなやつがいるじゃねえか!

「チェレン! お前、強くなるための方法知らねえか!」

「……急にどうしたの?」

食い気味に訊ねたオレに、チェレンは若干引き気味に返した。
突然こんなことを訊いたんだから、当然の反応か。
オレは簡単に事のあらましを話した。

「なるほど、リクがそんなことを」

チェレンは少し面食らった顔で、リクを見やった。
照れたのか、リクがオレの腕に顔をうずめる。

「で、なにかないか?」

「強くなるには、実践が一番だよ。そういう意味ではジムリーダーに挑むのがベストだけど」

「まず、びびってバトルにならねえんだよ」

「だろうね」

腕の中でリクが申し訳なさそうに耳を伏せた。
責めてないから、と軽くゆすってやる。

「自信がつけばいいんだろうけど」

「自信ねえ……」

チェレンの言葉はもっともだが、それが難しいんだよな。

「ねえ、やっぱりジムリーダーに挑戦してみたら?」

「どうしてそうなるんだよ」

「ジムリーダーに勝てれば、絶対に自信になると思うよ」

チェレンは簡単なことのように言いやがった。

確かに一理あるが、

「勝てるわけねえだろ」

「そうかな? 確かにリクだけじゃ勝てないだろうけど、タージャのサポートがあれば不可能じゃないと思うよ」

「それ、本気で言ってるか?」

チェレンがこんな時に冗談言う性格じゃないとはわかってはいるけど。
それでも、にわかには信じられない。

「冗談言ってどうするのさ。もっとも、君がトレーナーとして、ポケモンの能力を最大限に引き出せればの話だけど」

いつもと変わらない、生真面目な口調でチェレンは言う。
だからこそ、その言葉は真実味を帯びていた。

「トレーナーとして、か」

前は、トレーナーってポケモンバトルをする人のことだと漠然と思っていた。けど、多分それだけじゃない。今日1日で、ずいぶんと思い知らされた。
オレにできるだろうか。
トレーナーとして、リクの力になってやることが。
トレーナーとして、こいつらを支えてやることが。

「リク、ジムリーダーに挑戦してみるか?」

「きゃ、きゃう!」

大きく頷いたリクは、顔を上げてまっすぐに見据えてきた。

リクはもう覚悟を決めたんだ。
だったら、オレも腹くくって、こいつらのトレーナーになってやろう。

「よし。戦ってみるか、ジムリーダーと」
prev * 3/4 * next
- ナノ -