04



 



曇りの日というのはどうも気分が落ちる。雨にでもなってくれたら逆に気持ちは前向きになるのに。
「…さて、と」
そんな日に乱太郎は保健室にいた。今日は急遽保健室を任されることとなったのである。何故なら新野先生が出張の為、代わりとなるのは自分か伏木蔵であり、伏木蔵は今長めの任務で外に出ている。そうなると、言わずもがな、である。
普段であれば相変わらずの不運を嘆くところであるが、今回は違う。むしろ自分で良かったと思う節さえあった。ちら、と出入り口の戸を見る。思う所あって黙々とこなしていた作業を止め、ゆっくりと立ち上がった。そして目の前の棚から取り出したのは救急箱である。慣れ親しんだそれを撫でながら再び戸の方向に視線を向けた。そこに感じ取った微かな気配に、軽くため息を吐く。もう戸の前にいるのだろう。乱太郎は成績という意味で実技的に優れているというわけではない。それは事実であるが、こんな近くに来るまで全く気付かなかったとは。
普段であれば流石、と笑って声をかけただろう。しかし今回は少し勝手が違った。


「速く入って。まず手当てするよ」


すると小さなため息が聞こえ、音もなく戸が開いた。そこに表情もなく立っている級友に、乱太郎は微笑んで手招きする。それを見ると級友は肩の力を抜き、つかつかと保健室の中へと入ってきた。そして乱太郎の前で胡座をかいて座る。
「青痣、擦り傷、切り傷…小さな傷ばっかりだね」
「まあな。普通に戦えば負けねえし」
「…兵太夫だね?」
乱太郎の言葉に着物を脱ごうとした手が止まる。
「そうでしょう?きり丸」
級友であり同室の彼は少し荒々しい動作で着物を脱ぐと背中を向けた。
「兵太夫は?」
「………」
何も言わないきり丸に、乱太郎は今日何度目かのため息を吐く。そして真新しい布巾を手に取る。
「きり丸」
「何だよ」
「へ、い、だ、ゆ、う、は?って、ぼ、く、は、き、い、て、る、ん、だ、け、ど、ね」
「いっ…いてえ!!いででででででで!!!!ちょ!まじ洒落になんねえって!!!」
布巾で背中の傷を力いっぱい擦ってみれば、案の定きり丸は盛大に悲鳴をあげた。こちらを睨んでくる釣り目には微かに涙が浮かんでいる。
「さて、もう一回聞くよ?」
少しやり過ぎたかな、と思いつつも言わず、その手を止めて乱太郎はきり丸の目をしっかりと見る。
「兵太夫は?」
「自室。三治郎が見てる」
「怪我の具合は解る?」
「俺と同じ位だと思う」
「まあ…兵太夫はなんだかんだで戦えるからね」
そこで一度沈黙が下りて、きり丸は再び前を向く。今度は慎重に傷を触りながら、予想はついたよ、と乱太郎は言った。
「原因は?」
「他愛もないことだぜ。もう思い出せない位だし」
「…そう」
背中に傷薬を塗っていく。昔はしみるだのやめろだの騒いだものだが、今となっては微動だにしなくなった。

「皆、ぴりぴりしてるからね」

傷薬を塗り終えると、今度は包帯を取り出した。きり丸は何も言わないので、答える気がないのかと思っていたが、予想に反して返答が返ってきた。

「10日だぜ。あいつが行ってから。今までそんなことなかっただろ?」

やっぱり、と思った。1週間が過ぎてから、どうもは組に不穏な空気が流れだしていた。落第覚悟で教師陣に教えを請うても、自分達には何も出来ないのだ、と言うばかりであった。

「うん――あ、包帯巻くからね。ちょっと位痛くても我慢してよ」
「おう」
「よっと……ねえ、その喧嘩、どこでした?」
「いてて…あ?教室だけど…」
「そこ、誰がいた?」
「え?乱太郎意外は皆…」
「なるほどね」

包帯を巻き終えると、こっち向いて、と誘導すればきり丸はそれに素直に従った。青痣のある顔がこちらを向く。顔の傷が痛いのだろう。仏頂面である。
「あのさ」
再び布巾を持つ。するときり丸が一瞬表情を強張らせたように見えたが気にせずそれを顔へとあてがった。
「今、伊助は一人で部屋を使っているよね」
個々人の任務がある今、それはよくある話だが。
「庄左ヱ門と一番一緒に過ごして、今回だって一緒に作戦練って」
彼の事だから、きっと出立する友を、伊助は見送っただろう。
「…でも今伊助は一人だよ。庄左ヱ門がいない重さを一番感じているはずだよ。そんな中で」
乱太郎が言いたい事が、きり丸にも解ったのだろう。眉間に皺が寄っている。


「きり丸と兵太夫の喧嘩を見た伊助はどう思ったかなぁ」


おとなしくてよく気がつく友人思いの彼は、1週間が過ぎてからあまり姿を見なくなっていた。たまに会えばいつも通りのようであった。
「ねえ、知ってる?」
しかめっ面のきり丸から視線を外し、開いたままの戸から曇りの空を見る。
「しんべヱ、この3日間鍛錬の量増やしてるんだよ」
基本的にあま動く事を好まないのだが。
「どうしたの、って聞いたら、いつでも庄左ヱ門を助けに行けるように、って」
皆が悶々としている中、一人懸命に前に進もうとしていた。
「そりゃ数日で何か変わるわけじゃないけどさ」
ここまで言えばもう解るだろう。目の前の友人も、開いた戸からは見えない位置にいる新たな保健室の客人も。
「でも、僕らはここで終わりじゃないはずだ。だっては組だから」
ね?と戸に向かって言う。きり丸も気付いていたのだろう。しかめっ面のまま腕を組んでため息を吐いた。

「…おい」

きり丸の呟きから暫しの間があり、ぎし、と小さな足音と共に保健室へ新たな客人が入った。その体には青痣、擦り傷、切り傷。そしてしかめっ面である。

「俺はもう忘れた」
「奇遇だね。自分もだよ」

兵太夫も腕組みをして、同じく腕組みをしながら座るきり丸を見下げている。少しの後、二人の右手が小気味良い音でぶつかり合った。

「乱太郎」
「あ、三治郎…おつかれさん」
「乱太郎こそ。兵太夫の手当て、がりがりやっちゃって?」
「任せて」

さて、と乱太郎が袖まくりをした時、保健室の戸がこんこんと叩かれた。
「…伊助」
乱太郎の言葉に、他の三人も戸の方向を見る。


「今日の夜、庄左ヱ門と僕の部屋に集合してほしい」


引き締まった伊助の表情と言葉に、四人は間髪入れず頷いた。



















は組はどんな危機でもそれぞれが色々思いつつ乗り越えようとするんじゃないかと思います。
基本的には笑顔と希望を絶やさないというか…
他の皆の事も書きたかったけど、それはまたの機会に。

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