03


  



「おかえり」


夜、月が高く上がった時間に庄左ヱ門は自室で言った。普段は伊助との二人部屋であるが、今部屋には自分一人だけである。珍しいことではないが、今日は何故だか妙に部屋が広く感じられた。

「ただいま」

少しの間の後、頭上から返事が聞こえた。
特に不思議ではない。上級生ともなると、普通に部屋に入ってくることのほうが少ない。
「すぐばれちゃうなぁ。流石」
「いや。確信があったわけじゃないよ」
そんなこと言って、と柔和な笑みを浮かべながら天井から降り立ったのは同室の伊助であった。隣に座りながら小さく頷いてきた伊助に、こちらも頷き返す。
それなりに意思疎通出来る位には一緒に過ごしてきたつもりである。
「乱太郎は?」
「そろそろ来るんじゃないかな?三治郎としんべヱが持ってきた情報も一緒に持ってきてくれる予定だから」
「なるほど」
暫し談笑していると、廊下をぱたぱたと走る音、そしてすぐにがらりと戸が開いて。

「ごめん!遅れた!!」

息を切らして駆け込んできたのは、ぼさぼさ頭に眼鏡の少年。ふう、と息を吐くと、部屋に入ってきて先に居た二人の前に座った。
「普通に入ってくるのが乱太郎らしいな」
笑いながら庄左ヱ門が言うと、乱太郎はきょとんとしてこちらを見てきた。ちらと伊助を見てみればやはり笑っている。
「さて」
頭にハテナマークを浮かべている乱太郎を尻目に、庄左ヱ門が言う。他の二人も居住まいを正し、表情も引き締まった。
「まずは報告から頼む」
伊助と乱太郎が視線を交わし、すぐに伊助が口を開く。
「今この近辺で戦をしている城は――」











「っていうわけでさあ、しんべヱったら直接立花仙蔵先輩のところに色々聞きに行っちゃったらしくって」
「しんべヱらしいね。というかしんべヱだから出来るんだろうけど」
「本当に。で、立花先輩が五の城で仕事してるから、そこはやめてーって」
「おいおい…」
一通りの情報を出し合い、伊助がそれをまとめて整理している間に乱太郎と庄左ヱ門は他愛もない話に花を咲かせていた。
伊助も作業をしつつしっかり聞いているようで、時折笑みを浮かべている。
「まあでもそんなしんべヱだから、皆色々しゃべっちゃうんだろうね」
「だな。順忍とはよく言ったもんだけど」
「ね。無為無策を策とする…でもしんべヱの場合本当に無為無策なんだもん」
間違いない、と声を上げて笑う。すると伊助がくるりとこちらを向いて。
「とりあえずだけど、少しはわかりやすくなったかな」
伊助のとりあえずはとりあえずじゃないんだよな、そう思いながらまとめられた紙を受け取る。それを見ながら改めて情報を頭の中で整理する。
「なるほど…今けっこう広い範囲で戦をしているんだな」
「うん。この辺の地域の城は完全に東西に分かれているね」
かなりしっかりと整理された情報を、乱太郎と二人で読む。その隣で伊助は休憩とばかりに一息ついている。整理した本人であるから大方の情報は頭に入っているのだろう。
「東西か…まず…」
情報を言葉にしながら頭に入れていく。

「東軍は一の城、二の城、五の城、八の城。西軍は三の城、四の城、六の城。七の城は…」

「中立だね。地形的にも丘の上に位置している上に、分布的には隅のほうだ」

伊助の補足に頷き、人差し指をこめかみに当てながら次の紙を見る。

「戦況は?」
「どっちとも言えないね。冷戦に近いよ」
「もう長いのか?」
「そうだね。元々仲が良いわけではなかったみたいだし」
「うーん、戦の最中の城だったら混乱に乗じてと思ったんだけど…」
ぱら、とまた一枚紙を取り、隣の乱太郎へ渡す。
「まあ…よくある話な気はするよ。結局のところつぶし合うための戦ではないんじゃないかな」
乱太郎の言葉に、庄左ヱ門が目を細める。
伊助はじっと庄左ヱ門を見ていて。
「じゃあさ」
何か思いついたんだな、そう伊助が呟くのが聞こえた。


「東西どちらかに属している城の中で、一番平和なのはどこだ?」


伊助と乱太郎が視線を交わす。やがて伊助に促され、乱太郎が口を開いた。
「三の城じゃないかな。七の城とは反対にあたる位置にあって、やはり隅のほうにある。西軍に属したのも、単純に四の城と六の城に位置的に近かったから、っていうのが理由みたいだ」
「なるほど」
「そこか」
伊助の言葉に頷く。
「自分のところは大丈夫だと思っている城を叩こう」
二人が首肯するのを見ると、あとはいつも通り、と言って笑って見せる。
「流れだけ確認しておこうか」
「まず、僕と庄左ヱ門が先に何らかの方法で内部に潜入する」
このやり取りも慣れたものだ。伊助の言葉に頷きつつ思う。
「その間に、三治郎と兵太夫には周辺で準備をしてもらおう。幸い近くに山もある。山伏がいてもおかしくはないしな」
「庄左ヱ門と伊助が有る程度内部を把握したら、三治郎と兵太夫に城の周りで陽動を仕掛けてもらって」
「今回は団蔵と虎若に城内部で陽動を仕掛けさせる」
「ああ。その騒ぎに乗じて、喜三太には兵士達に紛れ込んでもらう。そこで何かいい具合に噂でも流してもらって…それが無理そうだったらひとまず陽動だな」
「その為には、内外それぞれの陽動に城全部の忍者が乗ってくれればいいんだけど…」
「まあそう上手くいくとも限らないし、その為に」
少し心配そうな乱太郎に、苦笑を向けながら庄左ヱ門が言う。
「金吾としんべヱにはぎりぎりまで潜り込んだままじっとしていてもらって、状況で動いてもらうとしようかな」
「でも、どうして…」
「団蔵と虎若なのかって?」
乱太郎の疑問を先に言うと、神妙な面持ちで乱太郎は頷く。
「暴走癖のある二人を一緒には出来ないだろ?」
ああ、と乱太郎が苦笑する。それを見てこちらも笑い。
「金吾も団蔵もスイッチ入ると止まらないからね…普段ならまだしも、これは戦い方そのものが見られる実習だ。リスクは少ないほうがいいし…団蔵の場合は虎若だったら止められる」
なるほど、と乱太郎が呟くのが聞こえた。単純な戦力で考えるならば金吾と団蔵のペアは間違いないのだが。
「そして、最奥…城主の所へはきり丸に行ってもらおう。状況次第で僕と伊助はきり丸と合流するかもしれないし、フォローに回る可能性もある」
後は、と少し考えた時、役割を言い渡されていない本人が口を開いた。
「僕は、待機、だね。負傷時の手当てと…最悪の場合の学園への連絡」
そうだよね、とばかりに乱太郎は肩を竦めて見せた。更に続けて言葉を発して。
「待機場所はどこにしようかな…」
「それ含めて、僕が調査してくるよ」
これもいつも通りである。庄左ヱ門は話しながら二人の顔を交互に見る。
「冷戦同然とはいえ戦の最中なんだ。雑兵募集はしているだろう。僕が先に潜入する。状況を見て伊助宛てに文を出そう。そしたら次に伊助が城へ入る。そしたら次は乱太郎へ連絡する。順当にいけばその連絡が恐らく」

「「作戦開始」」

さすが、解ってる。声をそろえた二人は顔を見合わせて笑っている。
作戦の流れはこんなところである。至って単純な、短期決戦の作戦であるが、うちの組はややこしくしても駄目だろうし、長期に渡っての作戦になると、それぞれが一人歩きをし始めてしまう。
とりあえずは、は組にとって一番やりやすい作戦を取ることにした。


気がつけば月がだいぶ傾いている。
「さて…早速僕は明日発つことにする」
庄左ヱ門は立ち上がりながら言う。善は急げ、だ。
「気をつけてね」
「大丈夫だよ」
ひとまずは変装して行くとしよう。変装は得意であるが、かつての先輩であるあの人には未だ勝てる気はしない。
「遅くても…一週間のうちに何らかの連絡はするよ。皆に準備させておいて」
伊助と乱太郎は笑顔で頷いた。
自室に戻る乱太郎を見送り、今日は早めに寝よう、と伊助が布団を敷き始める。本当にいつも通りであった。
「なんだか、六年生って感じがしないね」
「そうだな。実感もないし」
寝る準備をしながら伊助と会話をする。そしてぐぐ、と伸びをして布団へ倒れこむ。一日のうちでこの瞬間が一番幸せだ。少し前には寝る間も惜しんで勉強したものであったが。
「さて、おやすみ」
「おやすみ」









その後、一週間たっても庄左ヱ門からの連絡は無かった。






長いですね…しかも読みづらいでしょうか。
とりあえず、やっと動き出しました!

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