05


 



「嫌だね」


部屋に響いたのは鋭い声であった。長屋の狭い部屋に十人が詰め入って、一年生であればまだしも六年生ともなれば体型も変わるわけで、快適とは言えない状況である。
しかし、誰一人身じろぎせず、その言葉は部屋の中で反響したようにも思えた。

「…兵太夫」
「目的をよく考えなよ。僕達は何て言われてる?これは実習だよ」
「でも」
「もう一度聞くよ。僕達は何をしようとしているんだ?何をしなければならないんだ?」

乱太郎の言葉を遮り、兵太夫は言い放つ。その顔はいつになく険しい。
「伊助。その案に反対ではないよ。僕はそんなに頭が働くわけじゃないしね」
兵太夫の視線の先には、やはり険しく、しかしどこか悲しそうな表情の伊助がいた。そして伊助もまた、兵太夫を見つめている。


「でもさ、今の伊助は忍者失格だ」


その言葉を最後に兵太夫は黙る。肌に刺さるような沈黙が辺りを包み、皆が黙ってそれに耐えているかのようであった。
「…兵太夫、それは言い過ぎ――」
「それには俺も同感だ」
再び乱太郎が言葉を発するも、今度はそれをきり丸が遮る。そんな級友を、乱太郎は目を大きくして見つめた。
「どうしたいか、が許されたのは下級生までだぜ」
「どうしなければならないか、か…」
きり丸、金吾が続けて言う。

「……そうだね」

解ってるんだ、と伊助が言った。
「だから――」
「解ってないね」
か細い伊助の声は鋭い声に遮られる。兵太夫は相変わらずの表情で伊助を見たままだ。
「さっき。伊助何て言った?」


『庄左ヱ門を助けに行きたいんだ』


「それがどういう意味か解ってんの?ホントに?」
「兵太夫!」
思わず乱太郎の口から叫ぶような声が出た。それに何か言おうとしたのか、兵太夫は乱太郎のほうへ視線を向け口を開きかける、が言葉は出ず、代わりにその隣から柔らかな声が発せられた。

「ねえ、伊助。伊助が、じゃなくてだよ。僕達は何をしなくちゃいけないの?」

片方の手を級友の肩に乗せ、三治郎は微笑みながら言う。伊助は訝しげに三治郎を見る。
「伊助。肩に力入ってる」
次に聞こえた声も柔らかなものであった。声の主――しんべヱの顔にも笑みが浮かんでいる。


「その肩にのっているやつ、重そうだよ。ぼくにも分けてくれないかなあ」


その時、固かった伊助の表情が、氷が溶けるかのように緩んでいった。


「…伊助。僕ら、どうしたらいい?」


喜三太の言葉に、伊助の表情は引き締まったそれになる。もう悲しげなものはそこにはなく。




「……黒木庄左ヱ門の消息を確かめた後、奪還。併せて城を一つ落とす」




言いながら強く手を握る。今度は違った意味で体に力が入った。



「以上が、僕達の、実習合格の条件だ」



「その言葉を待ってたぜ!!」
間髪いれず叫んだのは、それまで沈黙を守っていた団蔵であった。
「まかせとけ!!」
次いで叫ぶのは同じく黙ったままであった虎若である。気がつけば二人は立ち上がっている。

「うっさい」

二人の叫び声を一喝するように鋭い声が響く。と同時に二人の頭上に大ダライが落ちてきて、清々しい音が鳴り響いた。
「……僕達はすぐにでも行けるから」
床に転がる級友を見もせず、兵太夫はそう伊助に言った。腕組みをしてしかめっ面であるが、先程までの刺々しさはない。
「兵太夫ずっと準備してたもんね」
「三治郎!」
控えめな笑い声が部屋を包んだ。まだ元のようには皆笑えていない。それでも。
「やっぱり、は組ってすごいや」
乱太郎はそっと呟いた。




















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消化不良。でもこれで良かったのかもしれません。

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