胸が痛いよ



明るい――空を見上げて、善法寺伊作は呟いた。廊下から見える空にはぽっかりと大きな月。小さな頃は、満月になる度にはしゃいでいたものだった。
「おう、伊作」
月から目を反らし、自室へ足を踏み入れる。すると同室の食満留三郎が声をかけてきた。
「保健室は?」
「終わったよ。数馬と交代」
「夜はこれからだってのにか」
ゆっくりと座りながら伊作は留三郎を見る。解ってるくせに、と言うと、級友は笑って肩を竦めてきた。

「ま、こんな夜に外に出る奴はいないな」

言いながら留三郎は上を見る。もちろん自室から空が見えるはずもなく。
いつからだろう。そう伊作は思った。いつから月を嫌うようになったのだろう。
「ああ、そうだ」
その言葉は、薄暗い部屋に妙に響いた。


「今夜、集合らしい」











「は組。遅いぞ」
忍術学園の中で、一際高い屋根の上。月明かりに照らされて六つの影が浮かび上がった。
「悪い悪い。来る途中で伊作がな」
明らかに不機嫌なオーラを出している仙蔵に、留三郎が笑顔で言う。
「伊作が、っつうことはあの鈍い爆発音は…」
眉を潜ませながら言う文次郎に、伊作は力なく笑った。
「ま、とりあえず揃ったんだし、いーじゃん」
「…ああ」
「っとに、ろ組は気楽だな…」
小平太と長次はすでに屋根の上で胡座をかいている。その横に留三郎が座り、他の三人に手招きをして見せた。
「一応聞くが」
それに誘われて伊作が留三郎の横に座った時、仙蔵が鋭い声を出した。どうやらまだ不機嫌なようだ。


「誰だ」


優しい月明かりの下、妙に痛い沈黙がおりた。
肌に刺さるような沈黙を感じながら、不思議だ、と伊作は思った。今の間、そこにいる六人が一切視線を交わさないのだ。


「答える奴なんざいねえよ」


言葉を発したのは、仙蔵の隣で腕組みをして立っていたその人だった。文次郎はゆっくりと動き出し、伊作の隣に座った。



「…月見といこうぜ」



すると深い溜息が聞こえて、文次郎の隣に仙蔵が胡座をかく。不機嫌な表情は変わらずだ。再びおりた沈黙は、肌に心地良い冷たさで。
眩しいな、と誰かがそう呟いた。あんなに綺麗だったのに、と誰かが続けた。月は変わっていない、とまた誰かが言った。変わったのは、と誰かが言って、そこで言葉を止めた。また見たいな、と誰かが囁いた。
「綺麗だよ…」
ふと出た言葉に、五人の視線が伊作へ集まる。


「月、綺麗だよ…」


昔も、今も、変わらず綺麗だよ。
「伊作」
留三郎の声が聞こえる。空を見上げてみると、満月が歪んで見えた。一瞬自分の目がおかしくなったのかと思ったが、すぐにそれが涙のせいなのだと気付いた。
自分は忍者失格だ、そう心から思う。六年間学園で学んできたが、月が綺麗だと思わない日はなかった。

「お前らしいな」

仙蔵の呟きに、小平太が小さく笑った。

「そうだな!私は伊作が居てくれてうれしい!」

小平太の言葉に長次が頷いた。
そして、忘れていた、と誰にも聞こえないように囁く。
人間は涙する生き物なのだ。いつからだろうか、仲間が学園を去っても、級友が瀕死の重傷を負っても、そこから目を覚ましても。
「お前は泣いていてくれたよな」
たった一人、顔をくしゃくしゃにして。

「ありがとう、伊作」

留三郎も空を見上げている。伊作への言葉は優しかった。


「…みんな、ぼく、は……」


嗚咽に邪魔されて上手く言葉にならない。最後に伝えたかった。月は綺麗なんだと、何も変わっていないんだと、これからもずっと。ぐ、と痛みに耐えるように制服の胸元を握り締める。


「俺達の」


明日から自分達は生徒ではない。そして、今日は最後の日。文次郎の凛とした声が響いた。
その声が胸を締め付けるようで、伊作は深緑のそれを更に強く握り締めた。



「俺達の涙、お前に託した」



もしかしたらもう一生会えないかもしれない。会えたとしても、その時は。
もう誰も言葉を発しなかった。そして誰も動こうとしなかった。


――明日からも僕達は同じ空の下に居るんだ――


――ねえ、いつかまた――


――月が綺麗だねって、言い合える時が来るのかな――


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