ゆびきりの約束


 



『じゃあな、雷蔵』
『うん、また』


そんな風に分かれてからどれくらいたったのだろう。仮にも忍者になるために学んでいた身である。「また会える」なんて、どうして信じ込んでいたのか。かつての自分を呪いたい。
「…寒い」
玄関から出た瞬間、冷たい空気が体を包んだ。無意識に舌打ちをして、鉢屋三郎は歩き出す。コートのポケットから携帯を出して時計を見る。もうそろそろ一時間目が始まる頃だろうか。出そうになった溜息を胸の中に押し込んで、三郎は歩くスピードを少し上げた。


――めんどくさい――


もはや口癖になってしまった言葉を心の中で呟く。他人との関わりが心底面倒だった。どんなに良い人間だとしても、結局はそれまでなのだ。
向かった先は大きな図書館。何てことはない、学校に行きたくないだけなのだから。
ふと大きな窓に映った姿に立ち止まった。飽きるほど見てきたはずの自分の姿に、今は吐き気を覚える。
「中学二年生は十四歳」
何てことはない、ただの事実である。自分はいったい何を言っているのだろうか。三郎は失笑と共にその場から離れると、図書館の中へと入った。

『あ、ぼくは不破雷蔵っていうんだ。よろしくね!』
『鉢屋三郎。よろし、く!』
『あっ…え、ええええぼくがいる?!』

何をするわけでもなく、昼まで図書館で過ごした。昔から本は嫌いじゃない。図書室にもよく行っていた。主に読書ではなく、遊びに――
――だって、しょうがないだろう――
再び冷たい空気の中を歩きながら、三郎は空を見上げた。空気は冷たいが、空は透き通っている。
――また会えると、疑わなかったんだ――
あの時の自分を、心底呪いたい。しかしそれが叶わないことはもちろん解っている。


「おう鉢屋。重役登校か?」


昼休みのざわめきの中、のそのそと歩く三郎の後ろで快活な声がした。今、三郎が最も会いたくない人間である。

「おい、返事位してくれよー」

爽やかに笑いながら、声の主は三郎の隣に並んで頭を撫でてきた。それを軽く振り払い、三郎は威嚇するようにその人間を見た。
「…だんまりか。教育実習もあと一週間なんだし、もう少し気ィ許してもらいたいんだけどな」
――うるさいな――
「ま、あんまサボり過ぎんなよ。何かあったら言え」
――うるさい。何も覚えていないくせに――
「んじゃな」
――早く消えてくれ――
去って行く背中を見ながら、三郎は下唇を噛む。相変わらずのボサボサ頭。熱血漢も健在。通り行く生徒に時折声をかけながら笑うその姿は、何も変わっていないように思えた。

「八左ヱ門」

返事は、ない。


『三郎、夏休みはどうするの?』
『…一応、父の所に。入学一年目位は報告に行っておこうかと』
『あ、そうなんだ』
『雷蔵は?』
『うーん、ぼくは残ろうかなあ』


もう何年、何百年前のことだろうか。あの頃のことは鮮明に思い出せる。
それから何度も何度も、繰り返して、繰り返して。自分でも何故覚えているのか、何故こんなにがむしゃらになっているのか、解らなかった。そして彼等もそうであると、信じて疑わなかった。

――安易だな――

自分もそうだから、彼等もそうなんて、どうしてそんな短絡的な思考をしていたのだろう。

――会わないほうが、いい――

それなのに、どうして自分は図書館に通うのだろうか。
八左ヱ門は何も覚えていなかった。でも彼は確かに彼だった。
ならば、彼は。迷い癖が欠点で、大ざっぱで、優しい、大切な親友――


「…またねって」


行き来する生徒の視線が痛い。何故だろうかと思っていると、自分の頬に流れる冷たいそれに気づいて、なるほどな、と思った。


『じゃ、またな』
『…うん』
『どうした?』
『あ、いや、気をつけてね』
『何だ何だ。寂しいのか?十歳にもなって』
『う、うるさいな!三郎』
『…ん?何だこれ』
『お土産待ってるよ!皆で食べよう!』
『ぼくじゃなくてお土産が目的って…』
『当たり前だよー。ほら約束!待ってるからね!』
『当たり前って…雷蔵お前もしかしてぼくのこときらい?』
『じゃあ、またね!お土産忘れないでよ!!』
『え、ちょ、否定して雷蔵』


何百年も前、とある学校で、入りたての頃。仲良くなったばかりで、不安でいっぱいで、また会えるようにと願って指切りをした。
気が付いたら「また会える」ことが当たり前になっていて、そんな約束なんて忘れかけていたけれど。
――でも、それにすがっている自分は――

「みじめだ…」

がむしゃらに、ずっと探して、走り回っていた。気がついたら何百年もたっていた。
三郎はそこに立ち止まったまま、小さく笑う。


「約束だって言ったのは雷蔵じゃないか」


呟きは空に消える。そして三郎はそっと目を閉じた。

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