宣戦布告


 



血は赤い。それは至極当然のことであり、もちろん自分自身知っているはずのことであった。そのはずであったのに。赤いそれを見た瞬間真っ先に駆け巡った思考は、血が赤であることへの驚きだった。
「……夢ではないようだな」
その血が自分の体から流れていることに頭で理解しても、何故かそれを現実にしようとしない。


「田村三木ヱ門、一生の不覚……」


とりあえず立ち上がろうと体をよじる。しかしそれは叶わず、代わりに鋭い痛みが走った。
「落ち着け……まずは整理だ。冷静になるんだ」
まだたまごとはいえ、自分は忍術学園の四年生の中ではトップクラスの成績である。こんな所で終わってしまったのでは。
「どうしてここにいる?実習だ。四年生全体での合同実習があった。内容は?とある城に潜入しその兵力を探るというものだ。以前にもこのような課題はあったから楽勝……」
ふと言葉を止めて上を見る。木々の間から悔しい位に綺麗な星空が見えた。
「……実際はどうか?城に辿り着く前に、恐らくどこか城の忍者……それも複数に奇襲を受けた模様。その結果の現状は?戦闘になっては完全にこちらが不利だった。そこで振り切って逃げることにした。その際に……ッつ……敵が投げたであろう手裏剣により右足負傷。そして、崖から落ちた、と」
お陰で暫く立てそうにない。立ったとしても、何かに捕まって歩くのが精一杯といったところか。
「現状把握はここまでだ……大切なのは、どうするか、だ」
言い終えると、三木ヱ門は小さく笑った。そして再び言葉を吐き出す。



「で、お前はどうすんだ」



どうも自分は思っていたよりも委員会から影響を受けていたようだ。委員長の顔が頭を過り、その笑みを更に大きくする。そしてすぐに自分の言葉で続けた。
「負傷箇所は右足、そして脇腹。恐らく脇腹は崖から落ちた際に負傷か。両方とも流血が続いている。なかなかに深いようだ。詳しい怪我の程度は解らないが……自力で動くのは難しい状況だ。救助のあてはあるか。今回の実習は四年生全体で行っている。しかし、協力型の実習では、ない」
そこでまた言葉を止める。今こうやって言葉にしているのは頭を整理するためでもあるし、落ち着きを取り戻すためでもある。つまり、とっくに解っているのである。現状を整理し、導き出されるであろう、自身の行く末は。
「こういう時は……この回転の速い頭が恨めしいな」
少し油断をすると余計な感情が生まれてきてしまいそうで、三木ヱ門は下唇を噛んだ。再び口を開いた時、その唇はうっすらと赤く染まっていた。
「今回の実習で課される課題は各々違う。誰がどのような課題かは解らない。行き先も各々違うだろう。しかし」
この山に入る時、確かに見た、紫。
「……自分と同じ課題を課されている者が、必ず複数名いる。そして、一番最初に課題を消化し、学園へ戻り、担当教員に文書として提出した者が合格」
遠目からでも解った。風に撫でられなびく髪。覆面にしようとしたのだろう、かぶり直そうとしていた頭巾の間から確かに見えた、自信に満ち溢れた笑み。間違いない。間違えようがない。
「簡単に言ってしまえば、全員が敵。そして、実習は数日間にわたって行われる。その初日に事は起こったわけだ」
奴が自分に気づいたのかは解らない。いや、恐らく気づいただろう。その後すぐに走り出したその背中からは、自信と気迫が漏れ出ていた。


「良かったじゃないか……合格確定だ」


奴を止められるのは、自分位のものだろう。
そして三木ヱ門は、絞り出すように声を出した。


「救助の可能性は……」


解っていた。でも認めたくなかったのだ。自分はまだまだ未熟だ。それでも、あえて言葉にしようとしたのは、周囲に負けたくなかったからなのか、それとも。



「絶望的、だ」



言葉にしてしまうとあっけなかった。そして、だからといって何が変わるわけでもなかった。
再び見上げてみれば、やはり綺麗なままの星空がある。
「気づく、か?」
もし、自分の今の状況に最も早く気づく者がいるのだとしたら、その可能性が最も高いのは、奴だろう。教師でも、先輩でもない、奴。なぜなら、自分が奴だったら気づくからだ。
「……ねむいな」
ゆっくりと目を閉じる。あの時、森で奴を見た時、確かに聞いた。


『負けんぞ』


空耳だったのかもしれない。自分以外全ての人間を自分より下に見ている奴が、宣戦布告をしてくるなんて。にわかには信じがたい。
「うぬぼれ屋が……」
しかし確かに感じた気迫に、何も返さずいるわけにはいかないだろう。
「そんなに自分が一番だと言い張るのであれば」
しつこいようであるが、もし奴と今の立場が逆なのであれば、自分は気づくだろう。なぜなら、本当に敵となり得るのは、奴しかいないからだ。


「私だって、負けん」


さあ、宣戦布告は済んだ。この勝負どちらが勝つか、自分が次に目覚める時には決まっているだろう。
「滝夜叉丸に……血は赤いって教えてやらないといけないな」
奴にそれを教えてやるまでは、終われないんだ。絶対に――


















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ライバルと認めているからこそ。

続く・・・かも?

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