もどかしさの理由


 



どんよりと暗い空。いつ崩れるかも解らない天気な上、風も強い。なかなかどうしてあまり良いとは言えない天気だ。
「一年生達が風邪引かんうちに終わらせないとな…」
いつもと変わらない委員会で、いつもと変わらない孫兵のペット捜索。例の如く危険なものばかりであるため、一年生は集団行動をさせている。
やれやれとばかりに生物委員会委員長代理、竹谷八左ヱ門は溜息を吐いた。何故だろうか。どうも今日は溜息が多い。

「竹谷先輩、最近お疲れですか?」

ごそごそと茂みをつついていると、後ろでそんなことを言われた。反射的に、お前のせいだろ、と言いそうになり、勢い良く後ろを振り向く。そこには、茂みに半身を埋めて、もぞもぞと動く生物委員、伊賀崎孫兵がいた。
「…疲れてるように見えるのか?」
返したのは質問であった。そしてそれに、はい、と即答されて、八左ヱ門は黙って茂みをつつく作業を再開する。
「別に、孫兵のせいじゃないぞ」
「知ってます」
即答。なんだか今日は孫兵の言葉にキレがある。


「竹谷先輩が、こういうことに対して怒ったり疲れたりするような人じゃないことは解ってますから」


がさがさと茂みが動く音と一緒に、淡々と、孫兵は言葉を投げてくる。まるで世間話のようだ。

「…そりゃ、俺だってたまには怒ったり疲れたりするぞ」

言ってから、愚痴っぽくなってしまったな、と思う。もちろん遅いが。
すると孫兵は、ふむ、と小さく言って、すぐに言葉を続けた。茂みを揺らす音が少し近くなった。場所を動いたのだろう。

「言い方が悪かったみたいですね」
「うん?」
「そりゃ、竹谷先輩だって生き物ですから。怒ったり疲れたりはあるでしょうし」

孫兵らしいな、と心の中で呟く。マイペースで、毒ムシ野郎なんて言われて、ペットを愛してるちょっと危ない奴だが、だからといって孫兵が周囲の人間を蔑ろにしているわけではないのだ。

「僕の愛する子達がちょっとお散歩に行って迷子になって、心配で怒ったり、探し回って疲れたり」
「……いや、うん、お前との付き合いももう三年目だしな。さすがに解るけどな。うん」
「でも、かと言って僕やジュンコ達を嫌いになったりはしないでしょう」

さらりと言われた言葉に、思わず体が止まった。

「僕だって」

無意識に孫兵を見ると、孫兵も八左ヱ門を見ている。いつの間にか隣にいたらしい。


「竹谷先輩との付き合いはもう三年目なので」


でも、と孫兵は続ける。口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「けっこう不安はあったんですよ。昔は」
「ふ、不安!?」
「何で驚くんですか。僕だって生き物なんですから」
ああ、と呆けた声を出してしまった。マイペースで騒ぎを起こす後輩が、妙に大人に見えた。


「だって竹谷先輩、言ってくれないんですもん」


そして今度は、え、と間抜けな声が出た。
本音を言うと、言う必要がないと思っていた。入学当初から孫兵はマイペースだったし、生物委員会の活動には精力的だった。そのマイペースさがあったから、逆に何も考えずに接することができたのだ。

「まあ、僕は、いいんですけどね」

少し含みのある言い方だった。心当たり、あるでしょう?そう言われているような気がした。そしてそれは図星で。


『すみません竹谷先輩…』
『あー…ま、しょうがねえなっ』


素直で小さな後輩達は、時に失敗もしたし、後輩同士で喧嘩もしていた。そんな時、泣いたり怒ったりしている後輩に、何を言ったらいいのか。
叱ること、褒めること、教えること、それはきっと自分の役目なのだろうけど。
考えに考えた結果自分がした行動に、小さな後輩達はどこか驚いたような、不思議そうな、泣きそうな、何とも言えない表情を浮かべる。その度に、自分はまた間違ってしまったのか、と思った。でも、何が間違っているのか解らなかった。


「難しいな」


昼過ぎだというのに暗い空の下。漏れたのは本音と苦笑。誰に言うこともなかったわだかまりを、まさか後輩に言うことになるとは。

「さっき僕が言ったこととは少し矛盾しますけど」

再び孫兵が口を開く。と、間髪入れずにあ!!と大きな声を出し、八左ヱ門はびくりと体を震わせた。



「ジュンコー!!!どこ行ってたんだあ探したんだぞ!!!」



ハートを乱舞させ、ジュンコと二人(?)の世界になる孫兵を見つつ、何だか置いて行かれた気分になって、八左ヱ門はただただ呆けていた。
「ま、孫兵」
「竹谷先輩」
いつものようにジュンコを首に巻いてご満悦の孫兵は、今までにない位の笑顔を八左ヱ門へ向けた。



「考えないでください」



似合いません。最後にそれだけ言うと、孫兵はジュンコに頬ずりしながら歩き出した。
そんな後輩の背中を、八左ヱ門はただただ見つめているだけであった。




















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