竹谷八左ヱ門の憂鬱



 



「あー…いい天気だなー」
目の前に広がる青空へ向けて言ってみる。今の自分の気分からすると皮肉に感じてしまうような天気だ。きっと今頃級友たちはいつものように授業に勤しんでいるのだろうが。
青空に堪え切れなくなって目を閉じる。何故だか学園にいたくなくて、こうやって裏山の野原で寝っ転がっているのだが、こんなにもいい天気なのは誤算であった。結局の所いつも自分はそうなのだ。何がそうなのかはわからないが、とにかくそうなのだ。だからこの前だって――
「…理由解ってんじゃねーか」
自分の思考にツッコミを入れる。そして目を開ける。そこには悔しい位に晴れた青空。目を閉じたら閉じたで頭は勝手に思考を始める。どちらがましか暫し考えた後、八左ヱ門は目を閉じた。

『今日の五年生合同実習は』

覚悟を決めて目を閉じたつもりであったが、あまりにも鮮明に浮かんできた映像に体が強張った。目を開けたくなる衝動を抑え、深く息を吐いた。
『5人1組で行う。名簿から適当に組ませるから、名前を呼ばれたら端から並んでいくように』
そうだ、そして何の偶然か奇跡か、普段つるんでいる面子が揃ってしまったのだ。いや、もしかしたらこれは教師が仕組んだことだったのかもしれない。そういう実習だったのかもしれない。今はそう思うようになっていた。

『勘右衛門。頭巾曲がってるよ』
『あ、ありがとう雷蔵』
『どの顔で行こうか…』
『覆面するのに意味あんのか?』
『高野豆腐美味い』

実習の内容は単純であった。裏々山から学園まで、ひたすら走る。その途中に多数の障害があるが、日暮れまでに誰か1人が、学園に到着すれば合格である。

『うっしゃ、行くか!』

気合は十分、そう叫んで5人で走り出した。障害といってもせいぜい罠がある程度だろう。そんなことを思っていた。
――馬鹿竹、か…――
同じ組の鉢屋三郎によく言われる言葉であるが、今は何故か胸に刺さる。

『なあ…』
『うん、囲まれている』

暫く走った時、い組の2人の会話に一同は立ち止まった。明らかに数名に囲まれている。友人達と視線を交わした、その時。

『伏せろ!!』

三郎の叫びに反射的に地に体を着けた。自分達の頭があった場所を何かが鋭い音と共に通り過ぎていくのが解った。
『なんだってんだ…』
『一瞬だが見えた。深緑』
『ってことは…六年生?』
三郎と雷蔵の会話に、兵助と勘右衛門が目を細めるのが解った。
『障害ってことか』
『今までにない障害だね…勘弁してほしいよ』
まあ、と三郎が軽い調子で言葉を発する。
『誰か1人でも逃げ切ればいいんだ…走るぞ』
三郎の言葉に、間髪いれず一斉に学園の方向へ走り出した。すると、いくつかの気配が追って来る。

――あん時…気が付いたら俺が最後尾になっていたんだよな――

そしてやはり三郎が前を走っていた。今まで、三郎と組むことや雷蔵と組むことはあった。しかし2人と組むことはなかった。三郎と組むと、他の連中はまったく三郎について行けない、と嘆いているのをよく聞いていた。少なくとも自分はついていけないということはなかったし、それは雷蔵もそうだった。

――俺は…――

明らかに後ろの気配は近付いてきている。しかも複数である。
もしこれが実習などではなく本物の任務だとしたら、そんな思考が頭を過った。そして頭は、その答えを瞬時に弾き出した。

――思い上がっていたのか――

――あの時、俺は明らかに足手まといだった――

その後のことはあまり覚えていない。自分の前にいた雷蔵が何やら叫ぶのが聞こえたが、それを無視して立ち止まり、数名の六年生と対峙した。
次に覚えているのは日暮れを告げる鐘の音。きしむ体を起こして学園へ向かうと、そこで自分達が合格したことを教師から告げられた。そして自分以外の4人が1位で学園へ帰還したことも。
「当然なんだよな。まずあの中で一番実力があるのは三郎だろう。そしたら三郎が生き残る可能性が最も高い」
もしこれが、例えば密書を運ぶ任務だとしたら、間違いなく三郎に持たせるだろう。そして三郎が生き残る可能性を少しでも増やす為には、三郎の動きを一番よく解っている雷蔵が必要である。
単純な戦闘能力でいったら自分は恐らく三郎と互角に戦える位の自信はある。しかし今回必要なのは戦闘能力ではない。
兵助と勘右衛門はまず頭が切れるし回転も速い。そうなった時に。


「一番いらねーのって、俺じゃん」


気が付いたら友の、皆の背中を見ていた。実際の任務だったら、自分は一番最初に死んでいた。それならばまだいいのかもしれない。自分があそこで頑なに走っていたら、合格出来なかったかもしれない。それはつまり、自分が皆を死に追いやることになったかもしれないということだ。
「くそが…」
結果を得るためには手段を選ばない、忍者の鉄則であるし、自分も理解している。そして皆も理解している。だから、今回の実習は大成功だったのだ。
「何が納得いかねえっていうんだ…」
とてもじゃないが友人達と顔を合わせられそうになかった。喉の奥に何かがこみ上げてくるのを、必死に抑えていた。今友人達に会うと、きっと抑えきれなくなってしまうような気がした。だから今こうやっているのだが。


――解ってるんだ。だから…もう少しだけ…――


理解はしている。だからもう少しだけ休ませてほしい。


――俺は、あいつらと一緒に居たいんだよ――


大事なものを傷つけないために。



































最近、生物委員長代理が気になります。
竹谷は、自分を活かす場所とか方法みたいなものを見つけるのが一番遅いと思います。むしろ周りのほうがそれをよく解っている。
そして、大事な人であればあるほど、八つ当たりとか、弱音言ったりとか出来ない。かっこつけてるとかじゃなくて、それが相手を傷つけるような気がして。
そんな竹谷のことを周りはやっぱり解ってて、彼自身が決着をつけるまで待っててくれると思います。
そんな5年生の話も書いてみたいなぁ。

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