ともだち



  



夕方、夕飯には少し早い時間。もうだいぶ寒くなった時期であるが、校外ランニングの後ともなると汗だくである。
「つかれたな…」
ぐぐ、と大きく伸びをして、左近は呟いた。二年生になってから、だいぶ走る距離も増えてきた。平気でついていける三郎次や久作はどんな体力をしているのだろう、そんなことを思いながら走っていたものだが。
学園に帰ってくると、三郎次と久作は早々に風呂へ行ってしまった。自分はどうも動く気がせず、こうやって中庭に座ったままである。
「おや…?」
段々寒くなってきた。汗で濡れたままの頭巾を脱ぎ、そろそろ重い腰を上げようかと思っていると、中庭の奥、少し木々が茂っている場所に人影を見つけた。遠目で見る限りその姿は自分と同学年の制服の色に見えて、無意識にゆっくりと立ち上がり、気配を殺して近付く。
い組の連中はほとんどが風呂に行ったはずだから、恐らくろ組かは組の誰かなのだろうが。
そうなるとなかなか声をかけるというのも、と思案を巡らせつつそっと茂みの向こうを見る。視界に入ってきたのは何やらしゃがみこむ後ろ姿。しかしそれが誰か、左近にはすぐに解った。


「…四郎兵衛」


気配を隠す必要がなくなり、声をかけながら足を上げて茂みを乗り越えようとする。
二年は組の時友四郎兵衛はしゃがんだまま頭だけこちらを向いた。その顔はいつものようにぽけっとしたものであった。何か言えよ、と言おうとしたが、その前に聞こえてきたのは予想しなかった声であった。


「にゃー」

「…は?」


足を上げたままの格好で固まる。
どういうことかと四郎兵衛を見ると、えへへ、とばかりに笑っている。
「どういうことだ」
とりあえず、と茂みを乗り越えて、四郎兵衛の隣にしゃがむ。そこにいたのは真っ白い子猫であった。目は綺麗な青である。ちょうどわんぱく盛りという様子で、急に現れた左近に興味津々のようだ。
左近の言葉に四郎兵衛は一生懸命という様子で答える。出会ったばかりの頃はいったい何に必死なのだろうとよく思ったものである。常に力が入っているような奴だから。
「ここに…子猫がいたんだな…」
そこまで聞くと、なるほど、と思った。頷いてみると、四郎兵衛も笑ったまま頷いてきた。
「どこから迷い込んだんだろうな」
「うん。母猫はいないのかな…」
そっと手を出してみれば、案の定子猫は手の甲にすり寄ってきた。首輪がないのを見ると野良猫なのかもしれないが、警戒心のなさ過ぎもどうなのだろう。

「ひとりなのかな…」

そういうことか、と思った。自分はそれなりに仲良くしているが、四郎兵衛が他の誰かと一緒にいるのをあまり見た事はなかった。どうも三郎次になついているようだが、いかんせん自分も三郎次もい組である。は組で四郎兵衛がどうなのかはよく知らないが。
ゆっくりとした会話をしつつ手を動かしてやれば、子猫は瞳を大きくしてじゃれてくる。
「ひとり、ね…」
四郎兵衛がどういう心境で言っているのかは解らない。ついでにこういう時に何て言えばいいのか解らない。
手は子猫のために動かしつつ、目を動かして四郎兵衛を見てみる。相変わらず楽しそうな子猫を見ている四郎兵衛は、体育委員の割には小柄に見えた。とは言えあの七松小平太先輩について行けるのだから、もしかしたら自分よりも体力はあるのかもしれないが、どうも成績がいいイメージはない。そして対人能力も高いとは言えない。
そう考えると、成績優秀でリーダー格の三郎次になつくのは解る気もする。三郎次もそれは口では煩わしがっていても、本気で嫌なわけではないはずで。
もちろん自分も、時に呆れたりイラついたりはあるが、別段嫌いとかそういうわけではない。
――あれ、ってことは…――
子猫は左近の手に飽きたのか、甘えるように四郎兵衛にすり寄って行った。


「ひとりじゃないんじゃ?」


左近の口から意識せずに出た言葉を聞くと、四郎兵衛はじっと左近を見た。そして自分の手にすり寄る子猫を見て、うん、と小さく頷いて。


「…ありがとう」


礼を言われると、なんだか気恥かしくなってきた。なんだか四郎兵衛を直視できなくて、子猫を見る。子猫は四郎兵衛へ腹を見せて、リラックスしているようだ。


「別に…」


それだけ言った時子猫が立ち上がり、しゃなりしゃなりと歩き出した。その様子を二人揃って見ていると、子猫は左近を見て「にゃー」と一言。そして再び歩き出し、中庭の奥へと行ってしまった。
何となく動けなくて二人でぽかんと子猫を見ていたが、ふと気がつけば日がだいぶ沈んでいた。戻るか、と呟けば四郎兵衛が頷く。そして二人で立ち上がった。
「あの子猫にも…ありがとうって言いたかったんだな…」
「必要ないと思うぞ」
え、と四郎兵衛がこちらを見てきたので、小さく肩を竦めて見せて。
「なんというか…伝わってたんじゃないか、と」
自分はいったい何を言っているのだろう。そんなことを思って、四郎兵衛の返事を待たずに行くぞ、と歩き出す。その後ろを四郎兵衛が追いかけてくるのが解った。
すぐに隣に並んだ四郎兵衛を見れば何やら笑っている。頬が赤くなるのが自分でも解り、ばつが悪くなって軽く四郎兵衛の頭を小突いてやった。
「……ばいばい」
ふと後ろを見た四郎兵衛がそう呟くのが聞こえたが、聞こえないふりをした。
きっとあの子猫にはもう会えない。そしてそれは四郎兵衛も解っているのだろう。
「夕飯何かなぁ?」
「うちの組は確か魚だったか…」
にこにこと笑う四郎兵衛にどこかほっとしつつ、でも気づかれたくなくて、左近はただひたすら前を向いていた。








二年生可愛いなぁ、って思って書き始めました。
いつもと少しだけ書き方を変えてみました。

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