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「ま、君が言ってるとおりここは探偵事務所だし、僕は探偵なんだから、これに懲りたらそんな場所で嘘を付くのは今後やめようね。嘘って普通にイライラするんだし」
「はい…ものすごくよく分かりました」

たいしたことのなかったはずの話題を膨らませるだけ膨らませられ、阿南さんのバックにあるオフィス窓から注いでいた陽の光はよもや綺麗な朱の色を帯び出していた。会話にひと段落が着き、視線を這わせた窓の中心の真上に取り付けられていたシンプルな壁掛け時計が指し示すのは、そろそろ子供がお家に帰るぞという時間で、この部屋も蛍光灯を点けないと少し薄暗い。それに彼も気づいたのか、ローテーブルの隅に置かれていたいくつかのリモコンの類からひとつに手を伸ばして、電源と思わしきスイッチを手早く押してみせた。途端に視界はLEDの寒色の光に染められて、今度は少し眩しい。
結局何十分と、この事務所に私は居座っているわけだけれど、その数十分の間にもなかなか色んなことが分かったものである。目の前の彼の名前は阿南さんと言って、話を鵜呑みにしてこの事務所の探偵らしい。年は三十代そこら。この人とはじめて対面した時に抱いた数ある疑問が、そこそこの精度で解決しているのは、初対面の人間への警戒心を柔らかくする大切な要素として有難いことだった。
今、事務所の営業はしておらず、営業中だとしても未成年者からの依頼は受け付けていない。

「あの、未成年者お断りの理由を、出来れば教えてほしいです」
「…君が知る必要はないよ、そんなこと」

今まで、どちらかと言えば図々しく偉そうに話の主導権を握っていた阿南さんが、はじめて口ごもる仕草をして押し黙った。警戒心を持ったというか、聞いてはいけない地雷をやんわりと踏んでしまったような歯切れの悪い反応だ。この人の特徴は一つの話をやたらと長たらしく説明することにあると先の講義で思っていた私は、早々に途切れた会話に呆気に取られて目を丸くする。怒っているのとはまた違うピリピリとした空気を感じながら、なおもしつこく理由を追求するほど図々しくのない私は、それならと切り口を変えて話を続けることにした。

「…私、どうしても探偵さんにお願いしたいことがあって、依頼を受けてほしいんです」
「……」
「無理は承知です。…お願いします」

首をがくんと折ってお辞儀をすると、正座をしている自分の態勢は正真正銘の土下座になっていることだろうけれど、別にそれが屈辱的でもなく、むしろそう捉えてくれる方が都合が良いとすら思っていた。

……私がこの事務所に足を運んだ理由は、いくらなんでもただの好奇心の賜物だけでは決してなかった。強い好奇心があっても、踏みとどまる境界線を人間は持っているわけで、イタズラな依頼を持って訪れる場所でないことも重々承知している。それでもだ。
それでも、私には聞きかじる、世間から思い描かれる”探偵”だからこそお願いしたい依頼があってここにやって来たのだ。だからこそ、未成年者が依頼者として弾かれる理由が知りたかったし、なんなら自分の歳すらも偽ろうと、しょうもない結果になったとしても画策すら試みた。…その依頼は、決して些細な探偵依頼ではないから。

「とりあえず、いいかげん足をくずしたらどう?君」

じっと私のつむじを見せられていた阿南さんは、数秒の沈黙を破るように口を開いた。ぱっと私は顔を上げて、あまり柔らかさのないソファの上で血行を悪くしていた両足をそろそろと地面に下ろす。ひんやりとした床の冷たさがタイツ越しに伝染して生き返った気分だ。私は揃えたパンプスに足を通すのも忘れて、阿南さんの顔を見つめた。だって、もしかしてその反応は!

「依頼、受けてくれるんですか!」
「…いや、その前に君とは決着つけなきゃいけない話があったのを忘れてた」
「えっ」
「えーと、アヤコちゃん」

………ううぅううぅう。隅に追いやっていた本筋に、私は今日何度目かの冷や汗をたらりと流した。
よもや忘れているはずはない。私がはじめてこの事務所への扉を開いたときに、えらい勢いをもって明るい外の日差しに向かって飛んでいなくなった、その一瞬では目で追えなかった謎の生物は阿南さんが探し出した迷子の文鳥であったらしい。しかも手乗りの。名前はアヤコちゃんだ。自分と同じく和風で粋なお名前じゃないか、素敵。…うん、そんなのはどうでも良いです、はい。扉が空いた時の阿南さんの「あぁあああ!」と響いた絶叫はまだ記憶に新しく、冷や汗は引きそうになかった。

「本当にどうしてくれようかなあ。あの子、なかなかしぶとくて、うちの助手が七日七晩フルマラソンしてようやく探し出してとっ捕まえたばかりだったんだけど」

彼が私に姿勢をくずすよう促したのは、私の話をじっくり聞いてくれるという意味ではなくて、私の今後の処置をじっくりと吟味するためみたいだった。なら正座の方がむしろ断然気が楽なんだけれど、あれおかしい。
そして、別にアヤコちゃんは阿南さんが捕獲したわけじゃなかったようだ。助手がいるらしい。よく考えたら従業員が探偵の彼一人だけなんてことはないだろうし、一人や二人そういう人間がいても不思議には思わない。今この場に見当たらないのは営業時間が過ぎてしまっているのを伺うに一仕事終えてすでに帰ってしまった後ということなのだろう。……それより助手が七日七晩とはどう意味でしょうか。この人は探してないと言外に受け取れるような気がするんだけれど気のせいかな。
それにしても探偵に助手とはなんてベターな事務所なんだ、とさすがにそろそろお気づきだろうけど、どんな状況下においても好奇心だけはむくむくと湧き上がる自分の性質からにぜひともご覧にいれたいと思う。この場合思うだけで済ますのが重要だ。
…でも、実際にこの場にもうひとり第三者が居てくれたなら、この人と二人きりじゃない分もっと気は楽だっかもしれなかった。もしかしたら責めるような重圧がもう一人分増えるだけかもしれないけれど、助手と呼ばれた人間のひととなりは阿南さん以上に何も、性別すらも知らないのだから、出来れば世界にひとり良い人を増やしたかった。私の失態を許してくれるような神様のような人物を想像するくらいは許してほしい。



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