03

阿南さんはたっぷりじっくりと重たい溜息を吐いて私を心底震え上がらせた後に、さらに苦々しく仕方なくといった風を隠しもせず口火を切った。

「…これはあくまで僕の持論だけど。人が嘘をつく時一番に警戒する事は何だと思う?」
「え?それは…嘘がバレることじゃないんですかね、やっぱり」
「まあ、半分正解」

ところで、私がどうして未だに足を痙攣させながら正座を続行しているのかと言うと。もちろん後ろめたく畏まりたい理由あってのことだけど、目の前の彼に強要されたなんてわけでは断じてない。
阿南さんはおそらく怒っても口調を荒げたり暴力に訴えるタイプではないと少ない関わり、ぶっちゃけ第一印象から怒気を孕んだ彼と対面した経験から私は視ている。そっちじゃない。ただひたすらに、雰囲気だけを醸し出すのだ。棘を交えて表現するなら、ひたすらに場の空気を悪くするだけの、あんまりお友達になりたくないタイプである。そして悪い空気はもちろん居心地が悪くて、できるだけその息が詰まる空間に振り合う体積が少なくなれば良いのにと震え上がってるうちに、気がついたら靴を脱いでいて、こんな調子なのでもう一度履くタイミングなんかはとっくに失われていた。強要されるより酷いかもしれない。
現在進行形でそうだけれど、このまま土下座をして許して頂けるのならわりとすぐにそうしたいとは思う。余計な事を言って彼の機嫌を刺激するのはこの一回でやめようと肝に命じる程度にまた必要以上にイライラとしているのだ、阿南さんは。

「正しくは、嘘をついてまで隠していた事実を、相手から口に出されること、かな」

それが嘘がバレる、見抜かれるということなのではないだろうか、とは思ったのだけれど口にはせず。彼の抗弁におとなしく耳を傾ける事に全力を投じることにしたのは、これ以上体積を縮こませて己の首を絞める圧力を増加させないためだ。ヒーローの変身シーンにはお口チャックの法則である。

「この場合、相手が嘘と見抜いてるかはあんまり重要じゃないんだ。そりゃ、見抜くに越したことはないけど。…とにかく、人は真実を口に出されると、まあ、隠してるんだから普通に考えて否定するんだよね。君もそうだったでしょ」
「はい。………………………あ、その」
「…………」
「……………すみません」
「…うん、やっぱり嘘だったんじゃん、って一応突っ込んどいてあげるけどさー。そこは僕の話終わるまで耐えようよ…せめて」
「すみませんすみません!」

すみません。変身シーンは耐えたけど必殺技詠唱中に手が出ちゃいました。ものすごく反省してます本当です。
大悪党からただのコソ泥でもした小物に格下げされたどん底の気分の中、マジで土下座する五秒前の姿勢で先行きを思案してると、阿南さんがうーだかあーだか明瞭じゃない発音をこぼして左の頬っぺたをかりかりとひっかいた。

「…なんか恥ずかしくなっちゃったけど話し出した手前簡潔にまとめるとね。様はその否定の仕方が問題って言いたくて。あー、もう。調子狂うな」
「否定の仕方って?声の強弱の違いとか?」
「そうじゃなくて、隠してる本当のことが自分には当てはまらないんです、という前提のための上乗せの嘘、ってことかなあ。君が言ったところの自分は卒業生かもしれないじゃないですかってやつ」
「あ、それですか」

と、なんだかんだとスムーズに会話を進められているのは、幸か不幸か先ほどの詠唱中事件のために阿南さんの雰囲気が少し柔らかみを帯びたからに他ならなかった。ニュアンスとしては呆れられただけのようだったけど、きっとおかげで毒気まで一緒に抜かれてしまったのではなかろうか。阿南さんも、初対面の女子高生を縮こまらせたうえに熱弁を振るっているこの状況には、我に帰れば思うところがあったということだ。そうじゃないといろいろと問題である。

「人って咄嗟の嘘には大なり小なり事実をまぜちゃうものなんだよねー。完全創作はできない」
「事実、というと」
「さっきの例で言えば卒業生ってやつ?」
「でも、私卒業してませんよ?」
「何事もなく順調に行けば近い将来そうなるじゃないか。だからあながち間違いじゃない本当と言えば本当でしょ」

簡潔にまとめる、と言った割にはなかなか回りくどく長ったらしい話を聞かされているが、文句は言えずに言葉の意味を噛みしめる。会話そのものが探偵事務所らしいと言えばらしい推理に浸された興味深いもので無ければ、ある種朝礼での校長からの「一言」に言葉の意味が被りそうな拷問に近かった。…やっぱり、出会い頭数十分と経たない初対面同士が交わす会話とは思えない。

「ためになる話ではあります。けど…それが、一体私の嘘にどんな影響を及ぼすんでしょうか?」

これじゃあまるで講義や討論の質疑応答のお時間のような語調だった。私は何をしてるのかなあ。

「君が咄嗟についた嘘は事実をちょっと曲解してたわけだけど。さやちゃんはそれだけじゃなくて、もう一個の可能性を提示したでしょ」
「もうひとつ……あ、頂き物かもしれないってやつですか!」
「正解だけど得意げにならないでね。まあものすごく飛躍して結論を言うと、僕はそっちの嘘に対しては一切論破する必要性を感じないんだよ。だからあの反論はお門違いになるわけだ」
「必要性って?」

阿南さんは、部屋の壁の一面を埋める本棚に向けて視線を彷徨わせた。丁寧さはなく乱雑に詰め込めるだけ秘蔵されている本のおおまかな種類は、専門書のような分厚い書籍から娯楽的な物語小説まで様々だった。英字で書かれたタイトルも多く全てを把握する事は出来ないけれど、題名を読める範囲でその溢れそうな膨大な本に共通する点は、どれもが探偵や推理というこの事務所に適う題材を扱っていることだ。

「推理物がテーマの小説のセリフなんかで、『じゃあこっちの場合はどうなんですか!』みたいなやり方で犯人が食い下がるシーンがたまにあったりするんだけど、ああいうのはあまり好きじゃないんだ、僕」
「ちょっと分かるかも、じゃあってなんだよみたいなことですね。……あ、つまり私も同じように食い下がってた、と」
「そういうこと。褒め言葉じゃないけどなかなか察しが良くなってきたねえ」
「ありがとうございます」

嫌味を嫌味で返せるレベルにはこの空気に慣れてきたぞ!その粋だ、私!

「もちろん、単なる好き嫌いだけじゃなくて、それ相応の理由には基づいてるよ。様は順番なんだよね」
「じゅんばん、」
「嘘を庇うための咄嗟の嘘を言い負かす材料があるんなら、それ以降の練られた嘘には耳を傾けるいわれがないってこと。咄嗟の嘘の方が事実に近いってことは、本来暴きたかった大元の嘘が隠したかった真実にももちろん近いわけだし」
「んんー、つまりこればっかりはこーどー心理学みたいな、そういう根本的な問題として決まってる人様の行いってことでしょうか?」
「うーん、まあ。例えばだけど、君がさっき咄嗟についた嘘がもし頂き物です、の方だったとしたら、僕はそれを言い負かすことは出来なかったんだよねえ、実際のところ。そう言われちゃったらそれまでだし。歳の事じゃなくて貰ってない証明が出来ないってことだけど」
「そうだったんですか?!」
「でも君がそっちの嘘を先に言うのは至難の技だからさ。その、こーどー心理学的に?」

阿南さんははこちらの口調をわざとらしく真似て勝ち誇るように微笑んでみせた。人を意識的に挑発する仕草を臆せずやって見せるあたり、少し学習したけど、案外子供じみてるらしい、この人。

…かくして、私の興味本位でつくに至ったどうしようもないこの嘘は、阿南さんによるインスタント講義の餌食となり、口の達者な推察に言い負けることで辛くも終止符を打ったのだった。



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