02

情報の整理、と行こうではないかと思う。
まず、ここは建物の一室を借りたとある探偵事務所である。事務所の名前は、どうやら責任者であろう目の前の男性の姓からそのまま取っていることを、ようやくしてもらえた自己紹介から知ることができた。と言っても、私が名前をどう呼べばと至難しているのに気づいた彼に「阿南、だよ」と苗字だけを伝えられ、それがチラシに書いていた事務所の名と同じだったというだけの推測で彼がこの事務所の主かは確かではないけれど。名前や年齢も分からず仕舞いで、情報としてはそれほど増えていない。

「私の名前は、屋敷です。屋敷小夜と言います」
「そう。さやちゃんね、…ねえ、ところで君はなんでこんなところにやって来たの?そのくらいの年の子が、のこのこ足を向けるところじゃないと思うよ、ここは」

名前を教えられた手前こちらも名乗る礼儀を守り(どうやら彼は常識やマナーと言った言葉に重きを置いているようだったので)、さらに自分がフルネームを名乗ればあちらも乗ってきてくれ、あわよくば彼の素性を教えてもらえることも少し期待したのだけれど、なんてことはなく。阿南さんは、先ほどから変わらず私に対して質問責めをやめない。

「探偵事務所ですから、もちろん依頼があってやって来ました」
「そう。申し訳ないけど、うち、未成年者の依頼は受けない方針なんだ。ご足労を掛けてごめんね」
「そ、そんなことチラシに書いてなかった!……あ、いや。…そもそも私が未成年だってなんで決め付けるんですか?」
「実際女子高生でしょ?君」
「だからそれをどうして決め付けるんですか、違うって言ったらどうするんです…」
「うん、ダウト。それは嘘だと断定します、かな」
「え」

きっぱりと言い捨てられてしまった。
阿南さんは始めて私に対面した時、開口一番に女子高生、と私を表現したし、確かに私は正しく女子高生以外の何者でもない。歳で言うところの高校二年生。しかし、来訪に休日の午後というとりわけ暇を持て余す時間を選んだ今の私は決して高校の指定制服を嗜んでいるわけではなく。女という生き物は服装で年齢すら操れてしまう魔女だ。
「探偵事務所」という厳か、もしくは格調を感じるこの場所は大人の空間であるという認識を持っている私はミニスカートや若さを全面に主張した格好をしてくる度胸はあまりなく、かしこまったどこぞのOLのような着回しを自室の姿見の前で小一時間悩んで選び抜いたのを覚えている。その労力に対する権利というか、その出来栄えに対しての当然の主張として、今の私は阿南さんと同じようにそこまで断定して年齢を決めつけられる姿形ではない、と思うのだ。だからなんとなく食ってかかってしまった。

「君の肩に掛けてるショルダーバッグ。で、そのポケットに差してるボールペンってお寺近くのあの高校の入学祝いの贈答品だったと僕は記憶してます」
「う…で、でもあそこの卒業生なら誰でも持ってておかしくないですよ」
「そのボールペンの本体カラーリングは、干支一回り分、つまり十二色あってそれが年毎に変わっていくんだよ。干支が同じ卒業生は同んなじ色を持ってるちょっとした粋を感じる作りだよね」
「そうですかね…」
「で、そこに差してるボールペンの色、水色だけど、これは去年の干支に割り当てられてる色だ。もし君が去年の入学生でなくあそこの卒業生だった場合、さやちゃんは今、最も若く見積もっても三十路手前の年齢だってことになる。僕とそう変わらないよ」
「あ、やっぱりそのくらいの歳なんだ……ああ、なんでもないです」
「女性って歳が分かんなくて面倒臭いことあるけど、さすがに君はそんなに大人の皮膚の衰えをしていない。だから自然に考えて今の君はあそこの高校の二年生。…違う?」
「で、でもでもっ」

阿南さんの推測はこの短期間で考え、さらにこの単純に少ない所持品の中からまさに痛いところを突いている及第点回答だ。いや、それどころか白状して私はこのボールペンが干支一回り十二色あったなんて知識は持ち合わせてすらいなかった。ひとつお勉強になってしまった、のか、これ。そんなことを知ってるからには彼もあの高校出身なのだろうか、わからない。
しかし食ってかかった手前、直ぐに引き下がるのがなんとなく癪にも思ってしまう。阿南さんはと言うとまだ諦めないかこいつ…とでも言いたげな気だるい視線を向けてきており、もしかしなくても私、今まさに追い詰められる犯人の心理を体験しているような気がした。

「まだ、私がこれを誰かから譲り受けた成人女性である、という可能性が残っています!どうでしょうか!」

私は容疑者で、真犯人である、という状況に当てはめたらなんというか…楽しくなってきてしまった。テンションが上がった。言い負かしたい勝利欲が湧いた。場の空気とは末恐ろしさすら感じる狂気である、とは果たして名言ではないけれど、気分だけなら退路を絶たれた洋館で追い詰められる大悪党だ。さあ、どうだ阿南名探偵、この可能性を切り屑せますか!

「はあぁあぁぁ………」

…盛大なため息を、つかれてしまった。高揚していたテンションも驚くほどの急降下っぷりだ。
そもそも私、この状況を楽しめるような立場じゃ無かったのだ。だってまだ正座してるし。





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