ハローハロー宇宙人さん
離別編
ブルーブラッドが貴族やお金持ちを表す形容詞だったのはずいぶん昔のことらしい。
今は、宇宙人を指す暗喩として用いられる言葉だ。
言葉ですら、常識が変わってしまうのだ。それ以外だって今の“普通”が変わっていくものなのだろう。
「あの、水野さん?」
けれど、これは多分普通の距離じゃない。
所謂お付き合いを始めた後、水野さんの距離が前よりずっと近い気がするのだ。物理的に。
「ん? どうした?」
まるでそれが当たり前の様に聞き返す水野さんに、どうしたらいいのか分からなくなる。僕が見ているプリントを覗き込むようにしている水野さんと、額と額がくっついてしまいそうな距離だった。
教室での距離としては近すぎる気がするのに、俺が何を言っても水野さんはあまり気にならない様だった。
目の前には進路指導用の希望を書くか紙が置いてある。
水野さんの希望は四大で、志望校も普通に書いてあった。
それに対して俺の希望は進学希望というだけで、他は何も決まっていない。
「水野さんは、将来何になりたいかもう決まっている感じなんだ?」
「いや、実は少し悩んでる。」
至近距離で水野さんが笑う。
「だから、今週末ちょっと話したいことがあるんだけど。」
少し声のトーンを落として水野さんが言う。
ここでは話せない事なのかもしれない。
俺は顔を慌てて話していいよと頷いた。
◆
だけど、やっぱり俺と水野さんの距離は近すぎたのだ。
もっと強く、やめた方がいいと伝えるべきだったのだ。
休み時間に理科室に向う途中の事だった。
「さすがにキモイだろ。」
「狙われちゃったらどうする?」
ゲラゲラと笑いながら、だらだらと歩くクラスメイトを追い抜く。
「手ぇつながないんですかぁ?」
その中の一人がこちらに向って言う。それから、すぐにもう一度ゲラゲラと笑った。
そこで、ああやっぱりと思ってしまった。
水野さんもきっと嫌な気持ちになってしまっただろう。
「は? 何言ってるんだよアンタら。」
あまりに普通に水野さんが言い返したので驚いた。
「え?だって所謂ソッチの人なんだろ?」
嘲笑交じりで言われているのに、水野さんはあまり気にした風には見えない。
これが、俺は怖かったのに、水野さんはそんなもの全く気にしていない様に見える。
「そんな事、アンタらには関係ないだろ。」
ため息交じりに水野さんは言う。
俺と話している時とはまるで違う様子に少し驚く。
理科の授業の時も体育の授業の時も、俺以外の人込みで話すときはあったけれど、こんな風では無かった。
実際相手も驚いた様で、目を見開いてそれから苛立ったみたいに舌打ちをして水野さんを突き飛ばした。
と言っても、それでもからかいの範囲の力だったと思う。
けれど、場所が悪かった。
今は理科室へ向かっている途中で、ここは階段の最上段だ。
よろり、とバランスを崩した水野さんの頭が手すりにぶつかる。
ガツリと嫌な音がした気がした。
「あっ……。」
大切な人がけがをした。
勿論そのショックもある。けれど、その衝撃的な光景にどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
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