空色

蒼穹にもとどく

「今は誰もいないから貸切だよ。」

受付のおばちゃんが、河澄に慣れた口調で言う。
河澄と博物館はなんかイメージが結びつかなかった。

「こっちだ。」

勝手に入館料を払ってしまった河澄が順路の矢印と全く違う右側通路を指差しながら歩き始める。
慌てて後を追いかける。

通路の先にあったのは大きな展示室と首長竜の全身骨格だった。
10mは超えているだろう。子供の頃思わず叫んでしまったことを思い出した。

「エラモサウルスだ。
子供の頃から気に入っていてここも偶に来る。」

天井からつりさげられるように展示されている首長竜を見上げる横に立つ河澄が静かに言う。

「似合わないだろ、俺と首長竜とか恐竜とか。」
「いや……。俺も子供の頃すごく好きだった。」

どこに連れて行かれるんだろうと思っていたけど、今見ても恐竜だとか化石だとかは少しだけワクワクした。

「なあ、河澄――」

話かけた言葉は最後まで紡げなかった。
横にいる河澄の方を向いた瞬間、河澄の顔が俺に近づいて、唇を食まれる。
煙草の濃い匂いがした。

河澄の唇は、思ったより柔らかくて、いや、柔らかいとかそういう話じゃなくて、状況がよく理解できなくて思わず一歩後ずさる。
唇を手で覆う。

「え? なに? は?」

言葉にならない言葉しか出てこない。
ここは博物館で、ただ二人で骨格標本を見ていただけの筈だった。
ああ。でも、キスってこんなに簡単にできてしまうものなんだって思った。
こんなに簡単に、恋人でもない河澄とキスができる。
初めてだったからそんな事も分からなかった。

一旦引っ込んだと思っていた涙がまた目に滲む。

「ふっ、ふふ。」

変な笑い声がこみ上げる。

「どうしたんだよ。」

笑い始めた俺に河澄は聞く。

「そっちこそ、なんでキスなんてするんだよ。」

どうしたって聞きたいのはこっちだとばかりに河澄に聞き返す。

「したかったから。」
「お前はキスがしたくなったら手当たり次第なのかよ。」
「まさか。」

じゃあ、なんでと聞こうとする前にもう一度、手を外されて口をふさがれる。口を話してすぐに至近距離で河澄と目があう。

「俺、キスなんかするの初めてだった。」

俺がそういうと、一瞬河澄の瞳が揺れる。それから「へえ。」と言ってまた唇を塞ぐ。
今度は舌が入って来て思わず逃げようと手で河澄を押すがびくともしない。

歯の裏を丁寧に舐められて固まる。
河澄の手が俺の頭を逃げられない様に掴む。
でも、指がまるで俺の頭を撫でるように触れていて、ああ、まずいと思った。
河澄が口を離すと唇が涎で濡れていて、自分からしたんじゃないのに恥ずかしくてたまらなくなる。

「好きだ。」

まるでそれがあたり前のことみたいに言われて、思わず嬉しいなんて思ってしまった。

肩口で滲んてしまった涙をぬぐう。

「俺、男だけどいいのか?」
「お前じゃなければ意味が無いから。」

迷いなく真っ直ぐ言われて、大声を出して泣いてしまいたい気持ちになった。
さすがにそれはできないから、そっと手を差し出すと河澄は笑顔を浮かべて手を握ってくれた。



お題:続編、主人公の幸せな姿

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