secret


▼ 家路にて黄昏 別展開

「スモーカーさんは悪くないんです、悪くないんですが……どうしてこう、そんなに目立つんですかね」
「何だいきなり。てめェの言い付けは守ってやってんだ、文句を言われる筋合いはねェな」
「別に。ただちょっとむかついただけです」

 全くどこがいいんだ、この喫煙者のどこが。

 くさくさしながら、先を進む彼の横顔をじとりと観察してみる。まあ、百歩譲ってスモーカーさんの見た目がカッコいいのは認めてもいい。わたしの好みからは外れるのであんまり考えたことないけど、顔立ちもいわゆる男前の部類で、その上比較的若くて背も高くて体格もいいから、お姉さんたちからの人気が高いのも一応頷けはする。でも超の付くヘビースモーカーだぞこの男は。大体それを差し引いても捻くれてるし、皮肉屋だし、無神経な上たまにすけべだ。いや、世の女性的にはそこもときめくとこなのだろうか。
 強いて言えば、スモーカーさんの髪色は綺麗なので結構好きだ。掃除の時やや見辛いにせよ、発見するとおおっと思……いやこれはなんか違うか。しかしこの世界でもこんな真っ白の髪の持ち主はスモーカーさん以外に見たことない気がする。若白髪ってわけじゃないだろうし多分生まれつきなのだろうが、こういうことはあんまり不躾に突っ込めないしなあ。


「おい。話があるなら眺めてねェで言え」
「なんでもないです。ちょっと無礼なこと考えてただけなので気にしないでください」
「……。とにかく後ろを歩くな、先に行け」
「それが人にものを頼む態度ですか」

 文句を言いつつも、体は大人しくスモーカーさんに従う。ここんとこ毎日一緒に帰っているが、この人はいつもこうしてわたしに少し前を歩かせるのだ。色々と不都合があるのだろう。なにせ横並びだと歩調を合わせるのさえ難儀だ。





 そのままスモーカーさんと連れ立って、だだっ広い本部を下りていく。ここ数日で段々慣れてきたとはいえ、彼と歩くとどうしても人目を引いた。下層に降るにつれて知った顔とすれ違う機会も増えるのだが、彼らはわたしの同伴者を見るなり慌てて敬礼して立ち去って行くのである。

 ……こういうことがあるたび思うのだが、部下から過剰に怖れ敬われるのってストレスじゃないんだろうか。スモーカーさんは決して鈍くはないし、むしろ人並み以上に勘が働くタイプだ。ならばこそ、ご自分がどう思われてるかなんてよくよくご存じのはずである。他人に興味がないのか、単に異常に図太いだけなのか、ともかくスモーカーさんは周囲に気を使うということを全くと言っていいほどしなかった。
 そのせいだろうか。スモーカーさんという人物を正しく理解している人は多分、そんなに多くない。わたしはそれがどこか気に食わなかった。スモーカーさんが気にしてもないのに、無関係のわたしが拘泥するのはばかげてるって分かってる。でも、スモーカーさんを不当に過小評価したり、品のない色眼鏡で見たりするような人がいると思うと、わたしはどうにも嫌な気分になるのだ。勿論、わたしの知ってるスモーカーさんこそが、彼の本性だなんて主張する気はないけど。

「スモーカーさん、実は、さっき……」

 俯いたまま言いかけて、口をつぐむ。これを伝えてどうしようってんだろう。悶々としてるのはわたしだけで、スモーカーさんは放っておけとしか言わないって分かってるのに。

「おつるさんところのお姉さんたちが、スモーカーさんの噂話をしてました」
「なるほどな。紹介しろとでも言われたか?」
「……その通りですけど、思っててもそういうこと言わない方がいいですよ」
「自覚があるだけ誰かよりはましだ」



「スモーカーさんは普段からこう……女性に言い寄られたりするんですか」
「知りてェのか?」
「あんまり、知りたくはないですね」
「なら聞くな」

スモーカーさんが女性と遊んでたってなんだって別にどうでもいいのだ。ただ、自分はスモーカーさんにとってそういう、言い方は悪いけど掃いて捨てるほどいる人たちとは違うのだと、そういう優越感を持っていたいだけなのだ。

「……安心しろ。お前が来てからは誰とも会っちゃいねェし、賭博も控えてる……し、長いこと慰安所にも出入りしてねェよ」
「いあんじょって?」
「あー……知らねェならいい」

スモーカーさんは何か悪いことでもしたかのように目を逸らす。多分やらしいことだ。ていうかスモーカーさんも賭け事とかするんだ……知らなかった。マリンフォードの裏町にもそういう施設があるってのは噂に聞いてたけど。

「ふーん、賭博って何するんですか。競馬ですか、麻雀ですか」
「いや……まァ、基本的にダイスとカードだな」
「つまりカジノですか?」
「……そうだ」
「強いんですか? 賭け事」
「引き際は弁えてる。負け越すことも滅多にねェし……賭け金もそれほど……」
「いや別に非難してるわけじゃないですよ」

針の筵って感じの顔をしている。いつもの悪びれなさはどうしたのか。

「なんでよりによってお前にこんな話をしなきゃならねェんだ」
「後ろ暗いところあるなら別に言わなくても」
「変に疑いを持たれることは避けてェ」
「あっはは、スモーカーさんでもそんな風に思うことあるんですね。大丈夫ですよ、喫煙に賭博に女遊びの素敵な三拍子揃ってますけど今更スモーカーさんに幻滅したりしないんで」
「……だから女とは遊んでねェって」
「今だけですよね」
「二度としねェよ」

 どうだか。やっぱスモーカーさんって結構最悪だな。この人のことは信頼してるし人として好きだけど、男性としては絶対付き合いたくないタイプだ。悪い人だ。ヒナさんがこき下ろす理由が見えてきた。


(一回使っておきたかった会話詰め合わせという感じ。リサイクルの機会もないのでここへ)

prev / next

[ back to title ]