case.7


「三郎丸さんの死体が見つかったこの奥の部屋は、確かに二重のドアにふさがれた密室でした! 崖に面した小さな窓はあるにせよ、そこからじゃとても人間は出入りできない――でも…密室を自由に出入りできたのは、犯人だけってわけじゃない! 例えばそこら辺をちょろちょろしてるあのネズミとかね!」
カズマはここで一旦言葉を区切ると、真木に電気を消すように頼んだ。真木が電気を消すと、倉庫は暗くなった。
「みなさん…周りをよおーく見回してくれませんか? 光の入ってる場所があるでしょ?」
「第一のドアの脇に……! あれは――…」
「ネズミ穴、だね」
紫苑がぽつりと呟くと、カズマは「そういうこと!」と嬉しそうに言って、小型のケースを取り出した。そしてそこからメジャーを取り出すと、第二のドアの下の隙間をはかった。
「第二のドアの下の隙間は6.8センチ! つまり死体発見現場となったこの奥の部屋は、厳密にいえば二重密室なんかじゃなかった。ネズミくらいの大きさのものならちゃんと出入りできる隙間や穴があったってわけさ!」
「はっはっはっ。おいおい! まさか犯人は、不思議の国のアリスみたいに小さくなる薬でも飲んでネズミくらいに小さくなりましたなんて言うんじゃなかろーな!」
カズマの解説に獅子戸が茶々を入れると、カズマは馬鹿にしたように笑った。
「――ぼくが言いたいのは、この倉庫の鍵はネズミより小さいってことさ!」
「――ってことはまさか…」
「ああ!」
キンタが呟くと、カズマはやっと気付いたかという風に口を開いた。
「犯人は密室から消えたんじゃない! 外に出た後、盗んだマザーキーで二つのドアを閉ざしてから――ネズミ穴やドアの下の隙間を通してマザーキーを部屋の中に戻したんだよ!」
「ふん! やっぱりそーきたか!」
今まで黙っていた郷田が、カズマの推理を聞くと、要するにこういうことだろうといって、糸に通した五円玉を取り出した。
「この五円玉を鍵に見立てて糸に通したものを、目的地に近い何かにひっかける。あとはどんどん糸をたぐりよせ――目的地にたどり着いたところで、今度は糸の片方を放して回収する」
実演しながら、郷田が説明をする。しかしキュウが現場には糸を引っ掛けるものがなかったと主張すると、郷田はだからこの推理は成り立たないんだと指摘した。
「引っ掛けるものなら、こっちで用意すればいい」
その反論は予想していたとでもいわんばかりに、カズマは調理場で拾ってきた天秤ばかりをとりだした。
「この錘の穴に糸を通し、それを支点にして鍵を送り込んだ後、錘につけた別の糸で支点になった錘そのものを回収すれば――二重密室のできあがりってわけさ!」
用意されていた答えに、郷田も口をつぐんだ。
「じゃあ今から、この五円玉を鍵に見立てて第二のドアの下に戻してみせるよ!」
カズマは意気揚々と糸をたぐっていくが、あれ、と素っ頓狂な声をあげた。どうやら途中でひっかかったようで、何度も何度も挑戦するがなかなかうまくいかない。
やっとこのことで30分後、錘がネズミ穴から出てきて、第一のドアを開けて確認しに行くが、五円玉は第二のドアの前にはなかった。
「まっ…ちょっと錘がずれちゃったようだけど、だいたいうまくいったろ?」
「だいたいじゃダメでしょ」
紫苑が呆れたようにため息をつきながら言うと、黙って見ていた団が車いすをよせてきた。
「支点となったものをあとで回収するという発想自体は悪くない。しかしこのように雑然とした現場では糸を引っ張っていくうちに錘があちこちに引っ掛かり、今のように何度も失敗しかねない。そのうえ錘が動いておかしな場所に鍵が残ったら、密室が災いして今のような再チャレンジは不可能だ!」
「ましてや鍵が落ちていたのは第二のドアの前じゃなくて、第二の部屋の隅…犯人がそんな危ない橋を渡るとも正直思えない」
団の言葉に黙していたカズマだが、紫苑の言葉に「犯人はその少ない確立にかけたのかもしれない!」と反論する。しかし団は首を横に振った。
「――残念だが…今君の言ったトリックが不可能な理由はもうひとつある。よく見たまえ。はたしてこの鍵で…今君が五円玉を使って実演してみせたトリックは可能かな?」
「あっ……穴がない! これじゃ糸が通せない!」
そういうことだ、といって団を筆頭に、受験生たちはつきあって損をしたとぼやきながら屋上を出て行った。
くやしそうに顔を歪めたカズマが片桐に促されて倉庫を出ると、ドアのすぐ側に紫苑が立っていて、ちょうど対角線にある階段を見ていた。
「…いい気味?」
「まさか。面白い発想だったし、よく考えてあった」
カズマが紫苑に問うと、紫苑はくすりと笑って、カズマを称賛した。
「あっ!」
思わずカズマは五円玉を落とし、五円玉はそのままころころと転がり続け、慌ててカズマが拾うと、紫苑は何か確信したように笑みを浮かべた。
「カズマ君……! 君の推理は、あながち的外れでないかもしれない」
「え?」
カズマのわきを通り過ぎながら、同じく五円玉を見てヒントを得たリュウがカズマに言い残して行った。
「それどころか、ある種の真理をついたかもね」
紫苑がさらに意味深な言葉を残し、リュウを追いかけてカズマを追い抜いて行った。
「ま、待ってよ……!!」
紫苑を追ってドアを開けると、そこにはキュウ、メグ、キンタの三人がカズマを待っていた。
「そんなに落ち込むことないよ、カズマ君!」
「そーよ! なかなかやるぜおめー! 俺なんざあんなトリック思いつきもしなかったぜ!」
「あたしも、カズマ君の推理聞いて頑張んなきゃって思っちゃった!」
その言葉に、カズマは思わず涙をこぼし、ひしとメグに抱きついた。何だかんだいってもやはり子供なんだと思って微笑んでいると、とても落ち込んでいるとは思えないような声がした。
「78センチ、Bカップ」
「え?」
「見た目よりけっこうあるじゃん!」
ぱっと顔をあげたカズマはにやっと笑っていて、メグは顔を赤くして無言になった。
くるりと振り返り紫苑に抱きつこうと紫苑を探すカズマだったが、紫苑はいつの間にかリュウのそばにいた。
「…ま、紫苑はCくらいありそ――」
「ふざけんな」
紫苑に聞こえないように呟いたつもりだったのだが、紫苑が低い声で言ったため、カズマは肩をすくませた。
「あ、でもありそう」
「まあそういわれりゃ…」
「バカ!!」
納得しかけるキュウとキンタに、色んな気持ちを込めてメグがキュウに平手を放った。そしてキュウを置いてさっさと歩きだした。
「………あるのか?」
「………リュウ、」
「っ…!!」
好奇心からリュウがたずねると、紫苑はリュウのすねを蹴とばした。





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