case.6


「あ…あたし、イヤよ!!」
「雪平さん!?」
「だ…だって…あたし、推理作家希望で探偵なんかになるつもりじゃないし…。こんな事件に巻き込まれるなんて思ってなかったし…」
黙り込んでしまった受験生を代弁するように、桜子が青い顔で言う。
「そんなこと言ったって、もう遅い。事件は起きてしまったんだから」
白峰や獅子戸がなんとか桜子をなだめようとしているのを、紫苑は馬鹿馬鹿しいと思いながら言い放った。探偵になるつもりがなくったって、探偵を養成しようと考えている試験なのだから、ある程度の危険は加味しておくべきだ。
「北条さん、ちょっと口が――」
「諸君…! お待たせした」
白峰が紫苑を諫めようと口を開くと、ちょうど団が部屋に入ってきた。続いて部屋に入ってきた真木に、獅子戸が心配そうに船は大丈夫か尋ねるが、真木はこの嵐では出せそうもないという、できることなら回避したかった回答をよこした。さらに、クルーザーの無線も不調であるという。
「どうやら我々は…完全に孤立してしまったらしい」
クローズドサークル、と紫苑が呟く。
「で、で、でも大丈夫ですよね? ぼ、僕ら受験生だし。が、が、が、学園が責任持って守ってくれますよね?」
獅子戸の声が、妙に白々しく響く。
「――諸君…三郎丸豊君がこの島で殺害されたことは、紛れもなく我が学園の――いや、この団守彦の責任だ……! しかし、それを承知であえて尋ねる。――諸君の中で、我々とともにこの事件の謎を解き、残虐な殺人鬼・切り裂きジャックの正体を暴こう――という者はいないか?」
団の言葉に、受験者たちが身構える。それはもちろん、本物の殺人事件を解決しようとすれば、わからない犯人に命を狙われる危険があるし、そうでなくともこの閉鎖空間でいつ誰が殺人鬼になるかわからないという危険もあった。しかし同時に、それは探偵心をくすぐる誘いであったし、日本一の探偵とともに推理をできる機会などまたとない。団は、捜査に協力しないのならそれはそれで安全な場所を提供すると申し出た。
「さあどうする? 諸君――私とともに殺人鬼・切り裂くジャックと戦う決心がついたなら――…この我が学園の象徴たる、DDSバッジを手に取ってくれたまえ!!」
バラバラと、小さなピンバッジが机の上にばらまかれる。
誰もが逡巡していると、一人目がさっそく動いた。
「――もちろんやりますよ、先生!」
紫苑がにっこりと笑ってバッジを手にとると、ほぼ同時にキュウも手を伸ばし、捜査に協力する意思を見せた。
「――オレ…やります!! 団先生! この謎解き手伝わせてください!」
「よっしゃあ! 俺もやるぜ!!」
「あ…あたしも、お手伝いさせてください!」
「ぼ…ぼくもやるよ! 決まってるじゃん!」
「僕ももちろん!」
「オレもだ! パズルを解かずに投げだすのはシャクだからな!!」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕だって、この試験を受けるためにアメリカの大学を休学したんだ! い、い、今さら後に引けるか!」
キュウに続いてキンタ、メグ、カズマ、白峰、郷田、獅子戸とバッジを手に取っていく。
「リュウ君!」
そしてキュウが、まだバッジを手にしていないリュウに声をかける。
「君ももちろん加わるよね?」
「………ああ…」
小さく微笑むと、リュウはバッジを手にした。
「さて…あとは雪平桜子君。君ひとりだが――」
「す…すいません団先生……。あたし…やっぱり…」
桜子がひどく言いづらそうにしていると、団は無理をすることはないと桜子に告げた。
「せっ…先生!」
と、片桐が慌てて部屋に入ってきた。
「ちょ、調理場が大変なことに……!」



片桐に導かれるまま調理場に行くと、そこは見る目もなく荒らされた後だった。棚という棚、引き出しという引き出しが漁られ、散らかされた食料にネズミがかじりついている。
「誰かが食料を食い荒らしたのか?」
「――ってことは、や、や、やはりぼ、僕たち以外にこの島に誰かが…」
「…それはどうかしら?」
白峰と獅子戸が悲惨な調理場を見て言うと、メグが険しい顔をして否定した。
「――ってことは…ん?」
相変わらずパソコンをいじっているカズマが、先ほどから納得したり考え込んだりしているうちに、何かを見つけたようで、くすりと笑った。
「ぼく、わかっちゃったよ。切り裂くジャックが使った、二重密室トリックの答え!」
「ええ!?」
「ほんとなの? カズマ君!」
「なんなら今から同じことやってみせようか? 犯人と同じように二重密室から脱出してみせるよ!」
自信満々に言い放ったカズマを、キュウとリュウは他の受験生と違って驚いたような表情で見てはいなかった。紫苑にいたっては、カズマを見てすらいなかった。



カズマが実演してみせるというので、団は桜子を鍵のある部屋に置いてから、殺人現場となった屋上の倉庫に向かった。
「おう! 小僧! トリック解けたってほんとなんだろうな?」
キンタが疑わしげに尋ねると、カズマは胸を張って答えた。
「もちろん! くやしい?」
「「はあ?」」
カズマの発言に、メグとキンタが意味がわからないというように首をひねる。
「先にぼくにトリック解かれちゃって、くやしいんじゃない?」
メグとキンタが口もきけずにいると、キュウが不思議そうにカズマに尋ねた。
「殺人事件なんだよ? 一刻も早く謎が解けて事件解決した方がいいに決まってるじゃん!」
「ふーん…なんかヘンなヤツだね、おたくって!」
「ヘンなのは君の方だよ」
馬鹿じゃないの、と口を開きかけた紫苑は、キュウの言葉に口を閉じた。
「本当に人が殺されてるってのに、まるでゲームみたいにさ……!」
キュウは何でもないことのように言ったが、メグとキンタはその意見にはっとし、カズマはふいと顔をそむけた。紫苑は、やはりキュウはある種で天才的な頭脳の持ち主であると確信していた。
それにしても、カズマはいささか子供すぎる…と内心嘆いていると、そのカズマがいよいよ説明を始めたので、紫苑はカズマの推理を聞くことにした。





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