case.4


結局紫苑は、夕食に姿を見せなかった。
リュウとわかれてからすぐに部屋に戻り、メグや桜子の誘いを食欲がないからと断って、その日は誰にも会おうとしなかった。
メグがキュウやキンタと心配して持っていった夕食の残りも、朝食前に通ると一切手が付けられていなかった。
「…紫苑? 具合悪いの?」
「その声は、メグ…? …大丈夫。朝食は食べに行くから、先に行ってて」
「うん…」
心配そうなメグに、紫苑は極力声を張って何事もないようにふるまってみせた。そしてメグたちが部屋の前を去ってから、ゆっくりと朝食会場に向かった。



「あ、おはよー紫苑!」
「ちょっとキュウ、少しは考えなさいよ!」
「おはよう…」
元気よく挨拶をしてくるキュウたちに、俯きがちに挨拶を返す紫苑。
「ごちそうさま……」
がたん、と朝食を食べ終わったリュウが立ちあがった。その動作に、獅子戸、郷田、カズマがぴくりと反応する。
「おはよう。紫苑」
「……ん、おはよ」
紫苑のわきをすり抜けるときに、小さく紫苑に挨拶をする。紫苑は、表情を硬くしてやや間をあけて返すと、強張った表情のまま席に着いた。
「ふふ…さすがトップ同士。もう仲良くなったんだね」
「トップ……?」
白峰の言葉に、キュウが首をひねる。紫苑本人は、黙々と食事をしている。
「天草君と、北条さん。あの二次試験全問正解のトップだってこと!」
「ええ!? あ…あの難問を全問正解!?」
その場にいた全員が、思わず紫苑に集中する。紫苑は何事もないかのように表情を崩さない。それよりも、やはりリュウも全問正解だったかと、自分の直感は間違っていなかったと思っていた。
「すごいな、お前!」
「ぼくでさえ一問解らなかったのに…」
「やっぱりリュウも紫苑もすごい!」
紫苑には、船にいたときは気にならなかった受験者の声が、今では耳障りなノイズのように聞こえていた。男の声などできるなら聞きたくないし、それも笑い声なんて論外だ。
ぶるりと体を震わせると、紫苑は無言で席を立ち、食堂を出て行った。



嵐が来そうな海を行って帰ってきた男性教師の真木は、団の助手である片桐に鍵を託すと、部屋に戻っていった。
団は全員揃ってはいないが試験を始めるため、試験会場に向かうと告げた。そして試験会場に行く途中がてら、切り裂きジャック事件について詳しい説明を始めた。
「――戦時中この島は日本軍の捕虜収容所で、主にイギリス人が収容されていたそうだ。しかし終戦まぎわ戦局が悪化する中、看守たちは任務を放棄して捕虜たちを連れて島を脱出した――。その際、船に乗りきれなかった捕虜10名が置き去りにされてしまったのだ……!
 船が迎えに来るのを待ちながら10名の捕虜たちは、残り少ない食糧を分け合い励まし合って生きていた――…しかし日が経つにつれ、次第に彼らを絶望が支配していく……。捕虜の一人がボートを見つけたがボートは壊れていて、しかし直せないことはない状態で、希望を得た彼らは道具をかき集めてボートを直し始めた。
 ――しかし修理が進むにつれ、恐ろしいことがわかってきた…。残された捕虜たちは10人―――…しかしボートには、どうあがいても7人しか乗れないことがわかったのだ。いったん島を離れればボートは敵地である日本に流れ着くしかない…迎えに来ることは不可能。残された者は遅かれ早かれ餓死してネズミのエサとなるのだ…。――彼らの間に冷たい緊張が漂い始めたとき、事件は起こった…。
 捕虜の一人がいつまでも起きてこない捕虜を起こしに行くと、そこには切り裂かれた捕虜が転がっていた……。切り裂かれて殺された捕虜の側に血文字が残されていた…イギリス人なら知らぬ者はいない殺人鬼――ジャック・ザ・リッパーの名がね!
 事件はこれで終わらなかった。翌日には二人目が同じように切り裂かれて殺されたのだ。捕虜たちが姿なき殺人鬼に恐れおののく中誰かがこう言った――『あとひとり減れば、全員ボートに乗れる』……。
 そしてボートの修理が終わるころ――第三の事件、密室人体切断事件が起きたのだ…!」
団は言葉を切ると、片桐とともにエレベーターに乗り込んだ。
紫苑たち受験生は階段で先回りすると、団をむかえて密室殺人の現場となった屋上の倉庫に向かった。
「きゃあああ!!」
メグと桜子の悲鳴に、全員がぎくりと身をこわばらせる。
「ちょっ!!」
「いやん!」
ところが実際には、強い風によってスカートが巻き上げられただけで、殺人鬼が現れたというわけではなかった。キュウとキンタが反応すると、メグがキュウの頭を殴った。
「つーか紫苑はタイツはいてるから見えねえんだ」
キンタががっかりしたように呟くと、紫苑が無言のままキンタのすねを蹴とばした。
「さて…」
と団が再び口を開く。
「この屋上に建てられた木造倉庫が問題の二重密室となった場所だ」
ガチャリと鍵を開くと、木造の扉が軋んだ音をたてながら開いた。
「へえ〜! こってるなあ…ちゃんとジャック・ザ・リッパーの血文字まで再現してあるぜ!」
と、壁を指差しながら獅子戸が言った。妙な生々しさに、紫苑は眉をひそめる。
「何…? 片桐君、こんなものまで再現したのかね?」
「い、いえ…。私はきいておりません」
「?」
些細な会話に、キュウと紫苑がぴくりと反応する。しかし団の言葉に遮られ、後ろ髪をひかれながらも推理に集中することにした。





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