case.3


「あ! 島だ!」
リュウの言葉にぼうっとしていたキュウが、驚いたように手すりにしがみついて、もやっとした霧に包まれた島を見た。
「霧咲島――いつも霧に覆われている、周囲2キロ程度の無人島さ…」
何も知らずに楽しそうなキュウに、ふっと笑ってリュウが説明する。あの島のことなら、紫苑も船に乗る前に聞き込みをしてきたから知っている。
「もっとも、昔は人がいたこともあったようだけどね…」
リュウの含みのある言い方に気付かないキュウは、純粋に最終試験を楽しみに心を躍らせていた。
しかしリュウも、多少なれど、その言い方には愉悦というか、その類の感情が含まれていた。紫苑はそれに気づくと、二人を甲板に放置して、荷物を取りに戻った。



「まるで…」
「収容所、みたい?」
「紫苑…君は何か知ってるの?」
「…うん、まあね」
最終試験会場兼宿泊所である、船からも見えたコンクリートの巨大な建物を見上げ、メグが口を開くと、紫苑がその言葉を先取りしてメグを見た。
何かききたそうなキュウたちに背を向け、紫苑は先に歩きだしたリュウと並んで、ぽつぽつと喋りながら建物の中に入っていった。



ひとつの部屋で、団守彦が最終試験について受験者たちに説明していた。
窓の外は雲行きが怪しく、リュウが言ったとおり嵐になりそうで、まだ遅い時間ではないにも関わらず、外は暗くなっていた。
「犯罪史上もっとも有名で、謎の多い殺人鬼だ…山高帽をかぶり長いコートの犯人は、ジャック・ザ・リッパーを名乗り――その名のとおり、何人もの犠牲者を大きなナイフでバラバラに切り刻み、犯行をつづった手紙を嘲笑うように警察に送りつけたりした」
「けれどジャック・ザ・リッパーは捕まらなかった」
紫苑の言葉に、団が重々しく頷く。
「その通り…そして五十数年前――今、我々がいるこの建物の中で、同じような人体切断殺人が起きたのだ!」
「こ…この建物の中で、バラバラ殺人が…!?」
メグや桜子が青ざめながら鸚鵡返しにたずねる。
「――そう…戦時中ここで起きた連続殺人の犯人もジャック・ザ・リッパーを名乗り、三人の犠牲者を出した後――二重に鍵のかかった完全な密室から忽然と姿を消してしまった……!」
紫苑が眉をひそめ、キュウが「二重の密室…!」と呟いた瞬間、はかったように窓の外で雷が落ち、雷光と雷鳴を届けた。
団や教師を除く受験者は、ただ一人、リュウを除いて身を竦ませた。紫苑でさえも肩を揺らしたが、リュウは平然としていた。
「今夜はもう遅いからこれで解散しよう。おやすみ…未来の名探偵諸君…!」
団が車いすで部屋を後にすると、受験者たちは固まったようにその後ろ姿を見送った。
「ひどい嵐だ……これじゃ当分、島から出られないな……何が起こっても…ね…!」
くすりと笑みを浮かべ、リュウが呟いた。
小学生探偵ことカズマや東大生の三郎丸はその言葉でさらに恐怖をあおられ、メグやキュウはどこか不思議そうな顔をしていた。紫苑は一人だけ、不安とは言い切れない、不愉快そうな憂鬱そうな表情をしており、口を真一文字に結んでいた。
「紫苑……?」
キュウが紫苑の顔を見ると、紫苑は弾かれたように顔をあげて、ぎこちない笑顔を張り付けると「何でもない」と言った。そして目を伏せると、足早に部屋を出て行った。
紫苑の表情と目をどこかで見たことがある気がして、リュウは一人考えこんでいた。しかし本人に事情をききもせずに推測するのはさすがのリュウでも無茶がすぎるというもので、諦めて、紫苑の後を追った。



「ちがうちがうちがうちがう――…」
「何がちがうんだ?」
「!!?」
あてもなく、ぶつぶつと呟きながら歩く紫苑の背に、追いかけてきたリュウが問いを投げかけた。紫苑ははたとして足を止め、振り返った。
「リュウ……」
やはり、どこかで見たことがある。
紫苑を、ということではなく、紫苑がしている表情と目を、というのが正確だ。
深い闇――まるで生を諦めたような絶望の泉に、決して投げかけられることのなかった希望の糸…他者を信じられないような、信じても無駄だと思っているようなその表情に、リュウは思い至り、眉を寄せた。
「大丈夫か?」
「あ…う、うん。嵐は苦手だから――一人でいれば落ち着くから」
紫苑の声は震えていた。
かつかつと紫苑に歩み寄りそっと頬に手を伸ばすと、触れるか触れないかギリギリのところで、紫苑がパシンとその手を弾いた。
「あ……」
予想はしていたけれど、それがあたってしまったことをリュウは紫苑に言うべきか迷い、迷っている間に、紫苑はごめんと一言謝り、くるりと背を向けて走って去っていってしまった。
「君の過去に何があったんだ、紫苑――。…そして君を救ったのは誰だったんだ…?」
ぽつりと呟いたけれど、答えを知っているのは本人だけで、その本人は――紫苑はこの話題を必ず拒絶するはずだから、リュウにその答えを知るすべはなかった。
謎はより深くなればなるほど心が騒ぐ。けれど闇は…深くなればなるほど、立ち直るまでに時間を要し、立ち直ってからも完全に忘れることはできない。
それほど紫苑の心を支配している闇とは何なのか――それは知りたくもあり、知りたくもない疑問だった。





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