case.2


「…何も、ここまでするかなあ」
紫苑は、目の前の巨大な客船を見てため息をついた。
いくら最終試験会場が離れた無人島とはいえ、いささか大仰過ぎやしないだろうか…。
「最終試験候補者の方は、こちらです」
眼鏡をかけた理知的な女性が、ぼうっと船を見上げていた紫苑に声をかけた。
「北条紫苑さまですね。先にお乗りになっている方もいらっしゃいます」
女性は船に上るタラップを見て言った。
「そうですか。ありがとうございます」
紫苑は形式的に謝礼すると、鞄を背負いなおしてタラップを一段ずつのぼっていった。



船の中には先客がいた。
中高生が多く占める中、小学生がいた。イヤホンを耳にさして小型のパソコンを操作している、眼鏡をかけた小学校5年生くらいの少年だった。
ここにいるということは、優れた推理力を持ってはいることをしめしているのだろうが、紫苑はあまりいい印象を抱かなかった。
「あなたも最終試験に残ったのね」
紫苑を除くただ一人の少女が、紫苑に話しかけてきた。
ショートの黒髪に髪留めをつけている、はきはきした印象を受ける少女だった。
「あたしは雪平桜子。高校二年生よ。よろしくね」
「北条紫苑。中学三年生です」
にっこりと笑って、桜子が紫苑の手を握った。女同士よろしくやりましょう、ということなのだろう。紫苑は最低限の情報だけを桜子に返して、きょろきょろとあたりを見回す。
「いない…」
「誰か探してるのかい?」
「…少なくとも、あなた以外を」
勉強はできそうな馬鹿が、紫苑と桜子に近づいてきた。きっと、自分はT大現役合格者などと言いふらすタイプの人間だろう。
「なっ…! 僕は東大…」
「人を探してるので失礼します」
紫苑は桜子に一礼すると、鞄をその場に置いて部屋を出た。



船を探索していると、船の乗降するところで最後の受験者だと思われる三人に遭遇した。一人は、二次試験にあと十分というところでやってきた少年だった。一人は大柄な高校生で、残る一人は、紫苑と同い年くらいの少女だった。
「あ、オレ、キュウっていうんだけど君は?」
試験に遅れてきた少年は、紫苑を見るといきなり声をかけてきた。馬鹿なのか能天気なのか…。
「…北条紫苑。君、二次試験にギリギリで来た子だよね?」
「うわっ、恥ずかしいなあ…うん、まあそう」
照れたように頭をかくキュウを、高校生がどつく。
「それで、君たちは?」
「俺は遠山金太郎!」「キンタだよ」
「あたしは美南恵」「メグだよ」
せっかく自己紹介をしたというのに、キュウがことごとくあだ名を呼ぶため、本人たちはご立腹のようだった。
これから争わなければならないのに、よく仲良くできるものだと感心して、けれど探偵にはチームワークが必要なこともあるのだと思いだし、紫苑はこのメンバーは合格しそうだと見当をつけた。
「キュウ、事件は迷宮入りにならなかった?」
キュウの言っていた言葉を思い出して、紫苑は意地悪のつもりで尋ねた。ここでキュウがまともに返してきたら見込みはない。けれどもし、うんと、笑顔で頷いたなら――

「うん!」

…キュウは、探偵になる。
「おまっ、あんまそういうことは言うなって…」
キンタがキュウの首を絞めて黙らせようとしている。
「そっか…。とりあえず、中に入って荷物を置いてきたら?」
三人にそうすすめると、紫苑はそれじゃあと言い残して再び船内を歩きはじめた。



「あ、いた」
動き出した船を歩きまわって、甲板でやっと探し人を発見し、紫苑はてくてくと歩み寄った。
「また会ったね、リュウ」
「君は――北条紫苑」
やはり、寂しそうな、恵まれたような、なんとも形容しがたい雰囲気を纏っている。
「やっぱり、紫苑も残ったんだね」
「うん。リュウも残ると思ってたよ」
名前で呼ばれることに違和感はなかったけれど、リュウがくすりと笑うと、それはどこか作り物じみていて、けれど本物のようで紫苑は困惑した。大人が子供を小馬鹿にするようで、子供が無邪気に笑うようで、区別がつかない。
「どうかし――」
リュウは紫苑を振り返りかけて、すぐに前に向き直した。
島が、見えていた。深い森に囲まれた、コンクリートの古い建物。ここからではまだはっきりと見えないが、あまりいいもののようには見えなかった。
「…あれが、最終試験会場…」
紫苑がぽつりと呟くと、リュウが口を開きかけ、後ろからやってきたキュウに気付いて口をつぐんだ。
「おーい、そこの君〜! 君も受験生…って紫苑?」
まったく、のんきなものだと紫苑は呆れてため息をついた。
「嵐が来る…」
「嵐?」
リュウの言葉に、キュウが首を傾げる。紫苑も、言葉の真意がわからずに黙りこくる。
「あ、ゴメンな! いきなり…。オレ、キュウ。中三なんだ。君はなんてーの?」
キュウの言葉に、リュウがゆっくりと振り返る。
「リュウ。…天草、流」
しばらくの間、キュウとリュウが無言で顔を見合っていた。何も考えていないようで、おそらく受験者の中で一番探偵になる素質を備えているであろうキュウと、いまだ謎の多い、天才的な頭脳の持ち主のリュウ――。
紫苑は、これから、面白いことになりそうだとくすりと微笑んだ。





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