case.1 |
「……何これ」 紫苑は、広いスタジアムでいきなり開始された探偵学園選抜試験に戸惑う受験生たちを見て呆れてため息をついていた。 紫苑が中学生だと知るや否や馬鹿にした高校生が、これしきの事態で動揺してどうするんだ…そんな気持ちで探偵が務まるわけがないと思いながら。 試験は実際にあった事件らしいが、まったくひねりがなく、面白くもない――事件は面白いかどうかで判断してはいけないが、それにしても別段難しくもない――紫苑は、あの団守彦が用意した試験にしては、あまりにも易し過ぎるのではないかと考えていたが、紫苑が犯人の男性の尾行を開始した際、その男性を尾行した受験生は案外少なく、大きなため息をついた。 しかもそれも、すぐにまかれて、男性を尾行しているのは紫苑とあと一人しかいなかった。 紫苑より前で男性を尾行しているのは、紫苑と同じくらいの年齢で、ずいぶん綺麗な顔をした少年だった。いかにも頭のキレそうな顔をしていて、只者ではないと思わせる雰囲気があった。 この少年なら、この試験に合格するだろう――この時点ですでに、紫苑はそんなことを考えていた。 そしてそんなことを考えているうちに、どうやら一次試験は突破したようで、男性は広い建物の中に入っていった。 「一次試験の合格者の方ですね。こちらでお名前を確認なさってください。二次試験の会場は――」 同時に建物に入ったためか、紫苑は先の少年と一緒に受付の説明を受けていた。そして名前を確認すると、特になんということもないのだけれど、一緒に歩きだした。 「………」 自分が言うのもなんだけど、無口な奴だと紫苑は思い、隣を歩く少年の顔をちらりと見上げた。 「…何か?」 「え? 別に何でもな…いや、ある」 「?」 「名前は? 推理もそうだけど、尾行術にずいぶん優れてたよね」 「僕は…天草流。君こそ、よく彼が犯人だとわかったね。他の受験者たちはサクラや間違った推理でほとんど彼を尾行していなかったけど」 「ん。まあ簡単でしょ、あれくらい。…私は北条紫苑。よろしく、リュウ」 「ああ。…また会えるかはわからないけどね」 「そうかな? 私は最終試験まで残るつもりだから、またリュウと会うと思うけどね」 皮肉っぽくクスっと笑ったリュウにたいして、紫苑は嫌みのない笑顔で返した。 リュウは意表をつかれたように目を丸くすると、今度は素でクスっと笑った。 「そう。じゃあ、また」 「うん」 人の少ない会場に入ると、紫苑はリュウとわかれて指定された席に着いた。 試験が開始されてからしばらくして、ひとつだけあいていた席の主がドアを開けて会場に入ってきた。なぜか葉っぱや小枝が服についていて、走ってきたのか息を切らしていた。 紫苑は空欄のない解答用紙から顔をあげて時計を見た。 試験時間はあと十分ほどで、いかに少年が素晴らしい推理力を持っていようとも一問解くのが限界だろうと予想された。 試験官も少年に問うたが、少年はにっこりと笑って、「だって探偵があきらめたら事件は迷宮入りでしょ?」と言った。 紫苑はその言葉にくすりと笑って、どうやら彼も最終試験でまた会うことになりそうだと思いながら席を立った。 帰宅すると紫苑は、すぐに風呂に向かった。試験程度の尾行では疲れないが、念のため、マッサージしながらゆっくりと湯船につかった。 「…天草流、か…。すれてるんだかすれてないんだか、よくわからない奴だったなー」 試験会場で出会った、推理力の高い謎の少年・天草流を思いだす。この年にしては大人びていて、物事を冷静に見つめられる眼をもっているようだった。 その落ち着いた雰囲気から良いところのお坊ちゃんであるだろうことは容易に察せたが、それにしては妙なところで子供っぽく見えた。 愛情はおそらく満足にはうけていない。それも、自分が願うものではないというだけで必要以上の愛情を、もっとも側にいてほしい存在――両親以外からうけているというだけだろう。 兄弟がいるふうには見えなかった。一人っ子の寂しさを知っているように紫苑には思えた。 少し話した感想としては、友達はいないだろうということだった。 もとは両親がいない(だろう)から、寂しさを友達と話したり遊ぶことによって紛らわせられるはずが、何らかの原因で…性格や頭の良さかもしれないが…友達がいない。そのせいか、妙に大人びていて、話すときに子供のような無邪気さを無理やり隠しているように感じられた。 とはいえ、かくいう紫苑も無邪気さを失くしたのか隠したのか、少なくとも手の届く範囲にはなかった。 「話してみれば、意外と喋るかもしれないけど」 と、今までの推測を覆すように呟くと、紫苑は風呂から上がった。 その日の夜、食事をとりながら、男性は紫苑に今日の『試験』はどうだったかと尋ねた。 「うまくできたかね?」 「ええ。きっと全力を尽くせました」 「それなら、結果が楽しみだ」 二人は顔を見合せてくすくすと笑った。 そして紫苑は、それから、と言い置きしてリュウと試験に遅れてきた少年の話をした。 「紫苑がそう思うのなら、きっとその二人は最終試験であうことになるだろう」 「一応、まだ結果は出てませんけどね。私が残るとも」 「紫苑なら残るとも」 「…まあ、先生が言うならそうなんでしょうね」 はっきりと断言した男性に、紫苑はくすりと笑って、ごちそうさまと言い残して席を立った。 |