case.0


薄暗い部屋…いや、部屋というには調度品が少なく、また狭すぎた。しいていうならば、ここはそう――牢獄。
牢獄の冷たいコンクリートに転がされているのはまだ幼い少女で、不健康にやせ細った体と青白い素肌が、ぼろの布切れからのぞいている。
骨と皮だけのようにガリガリになった手足の首には、手錠と鎖で繋がれた重い鉄球がはめられている。
そんなことをしなくても少女は逃げることはおろか、自らの力で起き上がることさえもままならないほど衰弱しきっていた。
檻の向こう…わずかな蛍光灯の明かりが少女の肌を照らす。内出血や打撲、痣、擦り傷、切り傷…日常生活ではありえないような火傷の痕までそこかしこに陣取っていた。中でもとりわけ目を引くのは、何かで焼きつけられたような、『冥王星』を意味する不思議な記号で、それは少女の左下腹部に黒々と焼きつけてあった。
少女は息をしているのかさえもわからないほど静かに胸を上下させ、乱雑に伸ばされた前髪から、生気のない瞳をのぞかせた。

カツーン…

静かな空間に、誰かの足音が響いた。一歩一歩、階段を降りて少女の牢獄に近づいてくる足音の主は、一度足をとめた。そして少し間をあけると、今度は一気に走り出した。
「誰かいるか!?」
周囲を警戒しながらも、生存者を見つけようと暗闇に目を凝らし走る男。
ふと、少女の牢獄の前で足を止める。息をのむと、すぐさま牢獄に駆けより、大きな南京錠を慣れた手つきでピッキングして開けると牢獄に飛び込んだ。
「大丈夫か?!」
少女を抱き起こすと、呼吸と脈を確認し、少女を布切れにくるんで抱きあげた。
「待ってろ、いま助けてやるからな――!」
男は他に生存者がいないことを確認してから、階段を駆け上り暗いくらい牢獄を後にした。





「ん………」
少女は朝の光をあびて、眩しそうに布団を頭からかぶり直した。広く大きなベッドの隅っこで丸まっている。
「紫苑さん、起きてくださいませ」
メイドのような女性が、眠る少女を起こす。
「今日は…休む……」
「まあ! 休むって、今日は『試験』の日でしょう? 学校に行かれなくても、『試験』に遅れますよ」
「『試験』…? ……ああ、」
少女は眉をひそめて起き上がった。大きなあくびを一つすると、女性に、すぐに着替えて食事に行くと伝えて部屋から追い出した。
ベッドのすぐそばに用意してあった洋服にそでを通して、仕上げに赤いネクタイをしめる。長いクリーム色の髪に櫛をとおすと、女性に言ったとおり、すぐに部屋を出た。



広い廊下を歩いて大きなホールに出ると、少女はすでに席についている初老の男性を見ると慌ててテーブルに駆け寄り、椅子に座った。
「おはようございます、先生」
「おはよう紫苑。今日はよくできそうかね?」
「ええ」
紫苑と呼ばれた少女の言葉を聞いて、男性は笑顔で頷いた。
少女は男性よりも早く食事を終えると、席を立ちあがって背中に真っ白な朝陽をうけた。

「私は私の力で、先生のクラスに入ってみせます」





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