case.25


深夜、すみれの家で紫苑、メグ、すみれが枕を並べて眠っていた。キュウたちの方も同じように、一日の疲れをとるためにぐっすりと眠っている。
もっとも、ここに来てからずっと嫌な予感を感じている紫苑は目を閉じてはすぐに起き、寝がえりをうつことを繰り返していた。
「………寝れない」
真夏だというのに、変に冷や汗をかく。山の中だから気温も決して高くはないだろうけれど、とそこまで考え、紫苑は諦めて起き上がった。少し夜風にあたって気持ちを切り替えてから寝ようと部屋を後にした。



縁側にあるサンダルを引っ掛け、庭の中を散策する。紫苑の中にある予感がますます膨れ上がって行く。
「――戻ろう」
いよいよ引き返そうと踵を返した紫苑は、自分の真後ろに音もなく立っていた人物がいることに驚き小さく悲鳴をあげた。
「おや。そんなに驚かれるとは、少々傷つきますね…」
闇に紛れるような黒づくめに、涼しげな目元をした男が一歩離れ、ぺこりと頭を下げた。
「初めまして、北条紫苑」
「だ、誰――?」
胸の奥の警鐘が激しく鳴る。
「『冥王星』のケルベロス、といったらおわかりになるでしょうか?」
「!!」
ケルベロスの言葉に、紫苑は一歩後ずさり、自身の脇腹を無意識につかんだ。ケルベロスの視線がそこに注がれているのに、紫苑は気付いていない。
「まさか、冥王星が…!?」
眉を寄せて紫苑がケルベロスに問うと、ケルベロスは静かに首を横に振った。
「いいえ。我々は、あくまで依頼人の手助け――計画を授けているだけです。決して手は出しません」
「ふん。それもどうだか」
紫苑はゆっくりとケルベロスと距離を取っていく。ケルベロスはそれを見ても動じず、むしろ微笑んでさえいる。
「そういえば、あなたのお父上が近々迎えに行くと」
冷笑を張りつけながらケルベロスが告げると、紫苑は思わずその場に膝をついてしゃがみこんだ。
「今……な、なんて…?」
そんな馬鹿な事があるはずがないと思いながらも、紫苑は疑問と悪寒がぬぐえずにいた。
「あなたは、あのお方の御子息とは違います。何か不測の事態があれば、――あなたは、処理されます」
今度こそ声も出なくなった。どこか楽しげに告げるケルベロスを、紫苑は絶望しきったような表情で見上げた。それを見てケルベロスは満足そうに笑うと、音もなく木の陰に姿を消した。その場に残された紫苑は、しばらくの間呆然と座り込んでいた。



翌朝、あまり寝付けなかったらしいQクラスのメンバーに、すみれから右近から電話があったと知らされ、キンタを筆頭に霧雨家に向かった。
霧雨家につくと、すぐに右近が出迎えた。
「おいっ! 右近! どうした!?」
「あっ……金さん! よかった」
キンタの姿を見て、右近はほっと胸をなでおろした。キュウが何事かと問うと、右近は困ったように碧姉さんがいなくて、と言った。
「夜遊びとかじゃねーのか? あの人の場合……」
キンタが言うと、朋江がその可能性を否定した。
「となると、いよいよ事件の可能性があるね…昨日の今日だから、急いで探さないと」
あまりすぐれない顔色で紫苑が言うと、一同は重々しく頷いた。
「あ、あの〜、碧お嬢様のお部屋にこんなメモが…」
と、節子が大きくない紙切れを一枚、右近に手渡した。右近はそれに目を通すとあれ、と首をひねる。
「僕の名前を勝手に使ってる! ヒドイなあ…」
「――って、お前が書いたもんじゃねーのかよ!」
キンタが呆れ気味に突っ込むと、右近は焦ったように否定した。こんなものを書いた覚えはない、と。その言葉にさっと顔色を変えると、キュウが節子に冷凍室まで案内を頼んだ。



「昔、ここが病院だった時の冷凍保存庫なんですけど…今は、もう長いこと使ってなくてただの物置で…」
鍵も何もついていない扉を開ける。途端に、すさまじい冷気があふれだしてきて紫苑は思わずひとつくしゃみをした。薄手のパーカーを着ていても、鳥肌がたつくらい冷気が中にこもっていたようで、使われていないはずの冷凍室は何者かによって稼働させられていた。
「すっごい冷気!! ――わっ」
暗い室内をキュウが歩くと、爪先に何か当たったのか、大きな声をあげる。
「な、なんだ? こんなトコに固いものが……うわあああ!!」
ふと、足元を確認してキュウが叫んだ。続けて覗き込んだ右近が驚きに目を見開く。
「み……碧姉さん!!」
リュウが凍死していると検死する。メグやカズマは言葉もなく、紫苑にいたっては冷凍室に近づこうともしない。
「………」
リュウはちらりと紫苑に視線をずらすと、彼女が単に寒いのが苦手なのか死体を見たくないのか、あるいは別の理由があるのか、気にかけながらも自身の心配が先に立って詳しいことまでは頭が回らなかった。





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