case.26


すぐに警察が駆け付け、碧の死体を回収していった。
「どうやら生きたままこの冷凍室に押し込められて、マイナス二十度以下の極低温で凍死させられたと思われます」
扉の裏にひっかいたような爪の痕が残っていた、と検視の結果を警察が告げる。メグとすみれが顔色を悪くした。
「たしかこの冷凍庫にはカギなどはついていなかったはずです!」
右近の父・左門の主治医である岩崎が言うと、リュウが横から口をはさむ。
「簡単なことですよ。犯人はあらかじめ冷凍室のスイッチを入れておいた。冷凍室が充分冷えた頃を見計らって碧さんを誘い出し、彼女が冷凍室に入っていったのを確かめてから、おそらくロープのようなものでこの取っての部分をぐるぐる巻きに縛り上げてしまった」
取っての錆が僅かに剥げていることを、カズマも指摘する。
警察は疑わしげに右近を詰問するが、右近は自分の名前を使って呼び出したうえに殺人するものかと否定している。
「こんなワープロ書きの手紙――手が動くヤツなら誰でも書ける! 長わずらいで寝たきりの左門さんを除けばね!」
右近をかばったキンタの意見に、一理あると紫苑は頷く。それから、肝心の手紙をよく見ようと辺りを見回した。
「――あ。リュウ!」
「ん?」
「その手紙、よく見せてくれる?」
思い詰めた表情で考え込んでいるリュウに近づくと、リュウの手元の紙を覗きこんだ。
「…やっぱり」
「紫苑、何か…」
眉を寄せて息をつくと、リュウが何か聞く暇もなく紫苑はすっとリュウから離れた。
「ねえ、紫苑。何かわかったの?」
「まだ、何も言えない」
メグのもとに戻った紫苑は、珍しく顔を強張らせたキュウを横目にため息をついた。
他のみんなには言えないが、この事件に冥王星が関わっているとわかってしまった。それも上役であるケルベロス直々の計画ということは、ケルベロスがいうあのお方の子息∴ネ外は危険にさらされていることになる。紫苑はそれが誰であるか知らないため、迂闊に冥王星について口にすることも憚られた。
Qクラスの分裂に冥王星の関与、見過ごせない事態ばかりを抱え、紫苑は深く深くため息をついた。



夕方、リュウとカズマが全員呼び出した。リュウが全員いることを確認したように、この話はリュウの話なのだろう。
「朋江さん、ひとつお伺いしたいことがあります」
「は、はい…! なんでしょう?」
「右近さんは、ひらがなの文字を時々入れ違えて書いてしまうクセがあるのではないですか?」
リュウの指摘に、右近本人も驚いた顔をする。
「そういえば、右近は小さい頃文字を覚えるのが非常に早くて――ただ、幼児期に覚え込んだせいなのか、小学校高学年になってもそういうおかしなまちがいをしていたな」
左門の言葉に、リュウは頷く。
「早熟な天才型の子どもにまれに起こることです。なまじ幼児期に自我が完成しているため、逆に後から矯正がききにくいことがある」
リュウは二枚のはがきを取り出した。
「彼は未だにそのクセを引きずっているんです――このようにね!」
よく見ると、ところどころ年賀状や暑中見舞いの文字が入れ替わっているところがある。
「そしてここの碧さんを呼び出した手紙――よく見て下さい! パソコンから打たれていたので筆跡から誰が書いたかを知ることはできないが、この文章に残されているクセを見ればはっきりと書いた人間を特定できる」
続けて取り出したのは朝からリュウが見ていた手紙で、注意して見るとあります≠ニいう言葉の語順があまりす≠ニなっていた。
人を殺すのに自分の名前を用いるわけがないという心理トリック、生まれついてのクセ、とぼけた様子のお芝居を指摘し、リュウは右近を問い詰める。
「昔、神童と呼ばれたあなたはある日を境にネジが一本抜けたようになってしまった。しかし本当にそうなら、三年前暗闇寺の幽霊トリックですみれさんたちを脅かすことなんてできなかったハズだ!」
「暗闇寺の…って、あれは本当に」
「右近さん!」
リュウが鋭く右近の言葉を遮る。
「正直に話してください! なぜあなたは、そんなふぬけたお芝居を続けるんですか!?」
「ひどすぎます、リュウさん! そんなことで右近が姉さんたちを殺したって決めつけるなんて……!」
朋江がリュウに抗議する。
「うん、その推理には無理がある」
静かに紫苑が口を開くと、リュウがぴくりと眉を動かした。
「第一に、呼び出し状は手書きじゃなくてパソコンでうたれてる。右近さん、キーボードで打つときひらがな変換ですか? ローマ字変換ですか?」
リュウからひったくった手紙を右近に向けて紫苑がたずねれば、右近は当然のように「ローマ字」と答えた。その言葉にリュウがはっとする。
「手書きならクセが出るかもしれない。でもまさか、ローマ字でかなを打つ時までそのクセが出るもの?」
「…僕が指摘してるのは、」
「第二に」
リュウの言葉を遮って、紫苑は続ける。
「カギのことは他に方法がないか考えればいい。右近さんがお芝居をしているかどうかはきっと別の理由がある。ずっと昔からそうしてるっていうんだから、なおさら」
顔を上げて視線を合わせると、紫苑は逡巡した様子を見せた。
「リュウ! どうしたんだよ、いつものリュウならオレよりもよっぽど慎重に証拠を固めてから論理的に推理するじゃないか! こんな…いくらリュウが焦ってるからって、」
「……僕が? 何を焦ってるっていうんだ? キュウ!!」
少しの間を見計らったように、キュウがリュウに言葉をぶつけると、リュウは最後の言葉に反応して一瞬目を見開いた。
「見てればわかるよ」
紫苑が水を差すと、二人は急に黙り込んで沈黙が流れる。
「ね、ねえ二人とも! もっと冷静になってよ!」
メグが泣きそうな声で言えば、リュウもキュウも気まずそうな顔をして視線をそらす。先に根負けしたのはリュウの方で、リュウが踵を返すとカズマがその後を追って部屋を後にした。
「……まさか、リュウじゃないだろうね…」
紫苑はぽつりと呟くと、笑顔を取り繕ってメグとすみれと連れ立った。





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