case.22 |
「たしかに、キュウの言う通りだね」 「万能の天才であり、日本のトリックアートの先駆者でもある九頭龍匠がこんな意味ありげな3枚の絵になんの仕掛けもしてないという方がむしろ考えにくい!」 「謎の天才、九頭龍匠か……」 「謎は深まるばかりってトコか…」 紫苑とリュウもやはりキュウに続いて言い切り、紫苑たちはしばらく頭を悩ませる。 「ところですみれさん、」 リュウがいったん会話を打ち切り、すみれに訊ねる。 「この見事な模写は、いったい誰が?」 たしかに、ここまで完璧な再現率を示すのは難しい。にもかかわらず、仕上げることができた人間が、この村のどこかにいるということなのだろう。その人物ならば九頭龍匠について何か知っているかもしれない。キュウたちはわずかに返答を期待する。 「右近よ!」 「え!?」 さらっと答えたすみれに、一同は固まる。 「う…右近って、あのバカボンがこの絵を…?」 信じられない、とカズマが確認する。 たしかに、先ほど見た霧雨右近という人物と、この絵はにわかにはつながらない。 「うん! 彼――小学生の頃は神童と呼ばれてたしね!」 「しょ、小学生…?」 「そっ! それは、彼が小学生の時描いたものなの!」 「こ…これが小学生の絵!?」 「……」 「すご、すぎ…」 キュウやカズマはもちろん、紫苑とリュウも、さすがに何も言えなくなった。 「そういや…アイツ、昔は絵に限らず何でもキレるぐれーの『できすぎ君』だったよな〜〜〜!」 「そんなデキスギ君がどーしてあんなのほほ〜んな人に…?」 「う〜ん。アイツん家もいろいろ複雑だからな――」 キュウの質問に、キンタが唸る。 「そもそも右近は先妻の子で、母親はヤツがず〜っと小さい頃に病気で亡くなってんだよ。そして後妻の葉月さんの連れ子があの三姉妹…だから右近とはまったく血の繋がりがねえんだ――…」 「その後妻の葉月さんという方は、今どこに?」 妙だな、と思いながら紫苑がスミレに訊ねる。 「それがね、葉月さんは美しい満月の夜、離れの二階から落ちて死んでしまったのよ…しかも、血文字で『月』の字を残して…! 翌朝、月幽霊の掛け軸がはずれて床に落ちていたんだって…」 月幽霊の呪いでは、と騒ぐキュウたちを無視して、リュウが今度は右近の父について質問する。 「いつから寝たきりなんですか?」 「後妻の葉月さんが来て、少ししたくらいだったかな? なんかフグの毒か何かにあたって、ひところは生死の境をさまよったとかって……」 「フグ毒って呼吸停止しちゃうから。助かっても脳をやられて半身不随になる場合がごく稀にあるんだ!」 「葉月さんが亡くなったのは、そのすぐ後よ! ホント…あの時は何かに取り憑かれたみたいに不幸続きだったから、」 ショックが大きすぎてしまったのかもしれない、とすみれはしめくくった。 「おーっス!」 突然、右近が襖の向こうから姿を現す。 「あっ! いやだなあ! すみれちゃん、こんな恥ずかしいもの出してきて…」 右近が、三枚の幽霊画の模写を見て照れたように手にとる。 「え? ちっとも恥ずかしくなんてないですよ?」 キュウが不思議そうに言い返すと、右近は「だってほらあ!」と絵を裏返し、名前を見せた。ひらがなで綺麗ではないその字は、『きりゅぅうんこ』と書いてある。 「それは――…」 たしかに恥ずかしいものだ、と紫苑は苦笑する。 「そうだ! 右近さん!」 「ん?」 キュウが、三枚の幽霊画をもう一度見たいのだと頼むと、右近は少し悩んでから了承した。今からでも、というキュウを、「やめた方がいい…」とやんわり制止する。 「夜はあの三人の幽霊たちの時間だ。絵から抜け出て家中歩き回っているんだ! うっかり彼女たちとはち合わせすると――…、」 呪われちゃうかもよ? あのおどけたような表情ではなく、どこか真実味を帯びた調子の右近の言葉に、思わず黙り込む。 右近はすぐに、じゃあ明日の朝待ってるよ〜、と言い残して去っていった。 「………」 やはり、右近の態度には違和感がある。 「ねえ、リュウ」 「紫苑…君も、気づいていたのかい?」 「うん。やっぱりリュウも?」 「ああ」 紫苑とリュウはいくつか言葉を交わすと、口を閉じて、右近の出ていった襖を静かに見つめた。 「おはようございまーす!」 翌朝、キュウが霧雨家の前で大きな挨拶をすると、すぐに右近が出てきた。 「さ! あがってあがって!」 「すんませ〜ん、朝早くからお邪魔して…」 「全然かまわないって! 絵の広間のカギは僕とお父様以外持ってないんでね」 「え? 末っ子の右近さんだけ?」 「ああ…! お父様は姉さんたちを信用してないんだよ」 右近は何でもないことのように言ったが、それはやはり、紫苑の胸には重く響いた。 「お父様にはナイショだよ? この絵のことになると、人が違ったみたいになるから!」 右近が、節子とキュウたちに他言無用の釘をさすと、あの重い襖にカギを差し込んだ。 「よし! 開いた!! じゃ、ついてきて!」 ドン、 「わわっ」 一歩先に部屋に入った右近がキュウに足を止めて立ち止まった。その背中に、キュウがぶつかる。 「右近さん? どうかしたんですか、いきなり止まって…」 キュウが不思議そうに訊ねると、右近は「こ…これは、これは…うわあああ〜〜〜っ!!」と叫んだ。 その声に驚いた右近の父の医師や、姉たちが慌てて駆けてくる。 「きゃあああ〜〜〜っ!!」 「ま…蒔姉さん!!」 右近の身体の向こう――部屋の床には、のどにハサミが突き刺さった、霧雨蒔の死体があった。 |