case.21 |
「プリントできたよ! デジカメでとった三枚の幽霊画!」 「どれどれ…?」 カズマがひょっこりと振り返ると、キンタとキュウがカズマの手元をのぞきこむ。 「おわっ…ちっちぇ〜!」 「これじゃなーんもわかんないじゃん!?」 「仕方ないだろ! ここにはプリンターないんだしっ!!」 カズマがため息をつくと、すみれが「だったらいいのがあるわ!」と言って部屋を出ていった。 しばらくしてすみれは、三本の丸めた紙を持ってきた。なかなか大きなそれを、すみれは畳に広げた。 「わっ!! すっげえ〜!!」 「あの雪月花の幽霊画の模写絵じゃないか!!」 「うっわ〜〜! うっめえ絵だなあ!!」 丸まっていた跡も特になく、そのには昼間見た幽霊画そっくりの絵があった。墨の濃淡まで再現したそれは、九頭龍匠ですら描けそうもないほど完璧だった。 「さすがにすごいな…、これは」 「あたしの瞬間記憶と照らし合わせても完璧だわ…!!」 「これだけ見事に九頭龍匠の筆を再現できるとは…相当な画才の持ち主が描いたに違いない…!!」 紫苑、メグ、リュウが画をのぞきこみながらそれぞれに感心する。 「天才なんてものじゃない…まるで九頭龍匠本人が描いたみたい」 紫苑が呟くと、そういえば、とキュウが質問をする。 「ところで気になってたんだけどさ、なんで雪と月と花なの?」 「『雪月花』というのは、自然の美しさを表現する言葉なんだ―――中国の詩人の白楽天という人が詠んだ歌が有名だよ。よく日本画の題材としても使われるしね」 「へえ〜っ。自然の美しさねー…」 呆れることもなく説明したリュウの言葉に、キュウはなるほどを頷く。 「自然……四季折々……九頭龍匠…」 なにかが違うような気がする。なにか、前提を間違えているような気がして、紫苑はぎゅっと胸のあたりを強くつかんだ。考えても答えが出てこないそれは、数学の問題で、問題文の意味を取り違えている――そんな感覚だった。 「……紫苑? どうかしたのか?」 「………え? ああ、ごめん、少し考え事を」 リュウはいちいち紫苑の感情の機微をよむのがうまい。リュウの前では下手な事を考えたり、言ったりできない。 「それより、せっかく出してもらったんだから絵について調べてみよう」 「じゃ、まずこの花幽霊に描いてある花を調べてみるか!」 紫苑がさりげなく話題を転換すると、カズマがパソコンを使って調べ始めた。 リュウは紫苑の様子を気にかけながらも、以前よりQクラスになじんできた紫苑の過去に触れてもいいのか、いまだに迷っていた。自分から話しだしてくれるまで待ってみよう、とは思ったものの、やはり何かあることに気付いていながら何もできないのは堪える。まあ、今回の紫苑の態度は『それ』とは関係ないように見えるのが、唯一の救いかもしれない。 「でたよ! こっちのが桔梗。でもって、これが萼紫陽花に山百合か…全部7月、つまり今頃の花だね!」 「よく割り出せたな…」 紫苑が感心すると、カズマが当然、と胸を張る。 「この萼紫陽花って、右近の家の隣にある植物園に咲いてる珍しい花ね!」 「他に咲いてる場所はないんですか? 右近さんの家の庭とか…」 「いいえ、この辺りには植物園以外には咲いてないと思うわ」 すみれの返答に、ということは――とカズマが冷静に分析する。 「九頭龍匠は植物園でこの絵を描いたのかな…?」 「でも…他の二つの花は植物園にはないわよ? 山百合は右近家の庭にもあるけど、桔梗があるのは2軒隣の山形さんの家の庭先くらいだし…」 「となると、この近隣で描いた、と言った方が妥当かもね」 すみれの言葉をひろってすかさずフォローを入れると、紫苑はにこりと笑った。 「あたしはこの月幽霊の絵になんか惹きつけられるわ…! 怖いけど夢幻の世界に招き入れられそうな気がして…」 メグが月幽霊の女を見ながら言った。 「たしかに、一番ポピュラーな幽霊画みたいだしね」 「でも、気をつけた方がいいよ! メグ…! 優れた幽霊画には本当に霊が宿ると言われてる」 「丸山応挙みたいな?」 「そう」 紫苑がメグの脇からひょっこり覗き込むと、リュウが二人を横目に見た。 「こ、怖いこと言わないでよ! 紫苑、リュウ君!」 「ごめんごめん!」 顔を青くするメグに、リュウが笑いながら謝る。 「まあ、私も得意じゃないし、むしろ苦手だけど…」 なにより実体のあるものが一番怖いよ、と紫苑は軽く笑ってみせた。 「紫苑…?」 メグが不思議そうに首を傾げると、紫苑の言葉が聞こえなかったのか、リュウがどこか遠くを見ながら囁いた。 「九頭龍匠の作品には――どこか、人を狂わせる魔力がある気がするんだ…」 「キュウはさっきからこの雪幽霊ばっかり見てんな?」 「う〜ん…なーんかありそうな気がしてさ…」 キンタの言葉に、キュウが悩みこむ。 「他の二枚と違うのは、まっすぐこちらを見ていること、それから、イタチ…かな。動物がいることだよね」 ふむ、と紫苑がやはり幽霊画をのぞきこみながら言うが、キュウはわからない、と頭をかいた。 「ねえ? キュウ…どうしてそんなに引っかかってんの?」 「だってこの絵は、あの九頭龍匠が描いたものなんだよ? 旧校舎の秘密の扉といい紫雲竜といい、彼の作品には必ず謎が隠されてるんだ!!」 この三枚の幽霊画にだって、きっと何か仕掛けがあるんだよ、とキュウは力強く言い切った。 |