case.19


「うわ〜っ!」
「随分立派な日本屋敷…」
「霧雨家はこの村一番の名主の家だしね!」
嘆息する一行に、すみれが自分のことのように誇らしげに言った。
「ごめんくださーい!」
「こんちはーす、霧雨さーん…」
すみれとキンタが声をかけるが、反応はない。
「誰もいない…な」
「さっき電話した時は本人が出たのに…」
紫苑が首をひねると、すみれも首を傾げた。
はてと顔を見合わせていると、突然キンタがずかずかと上がりこんで足早に廊下を歩きだした。
「ちょっといいの? キンタ! 好き勝手に上がったりして…」
「田舎じゃこれがフツーだっつーの!」
勝手知ったる家なのか、迷うことなく進むキンタに、呆気にとられながらも慌てて紫苑たちはついていく。
「いるんだろ? 右近! 俺だ! キンタだ!! 昔なじみの俺がわざわざ来てやったのに、出迎えもなしとは上等だ! やいっ! 右…」

「きゃああああ〜〜〜!!」

勢いよく、どうやら右近とやらの部屋の襖を開けたところで、キンタの動きが止まった。ついでに静かになった口を疑問に思った紫苑たちが後ろからひょっこりと部屋の中をのぞくと、そこには天井から丈夫な縄をひいて首をつる背中があった。
「うわっ!?」
「なっ……右近!?」
青ざめるキュウたちに、気落ちしたようなキンタ。
幼なじみが突然首をつったことに動揺が隠せないのだろう。
「ん…なんか、変な感じが…?」
紫苑が奇妙な違和感を覚えて死体に目を走らせると同時、くるりと振り返った首つり死体が片手をあげてにっこりと微笑んだ。
「やっ」
「きゃあああ!! 首つり死体が笑った〜!!」
「……ああ、なんだ、縄が」
腰に巻いてあるんだ、と続けようとして周りがあまりにも静かなので思わずキンタたちを見まわした紫苑だが、どうやらその行動も含めてやっと全員が事態を把握した。
「う…右近〜っ!! テメーってヤローは〜!!」
ドスゲス、とキンタがいまだ天井からぶら下がっている霧雨右近に取っ組みかかった。



「ささ、どうぞ! DDSのみなさん。このお茶は静岡の老舗の一番摘みの玉露で。百グラム二万はするんですよ〜」
「は…はあ……」
「いや〜…金さんがDDSのみなさんと一緒に来るって言うから、僕も張り切ってそれっぽいお出迎えを…って思ったんだけど、」
ちょっと脅かし過ぎたかな? と笑いながら右近は頭をかいた。馬鹿というか抜けているというか…いたずら小僧が賢く育ったような印象を受けた。
ちょっとどころじゃねえ!! と声を荒げるキンタに驚くこともなく、右近は笑っている。その態度に変わっている、とメグはすみれに伝えた。
「そ、そうねえ…。小さい頃はもっと天才美少年――ってカンジだったんだけどね〜! 例えばそこのリュウ君みたいな…。でも、小学校五年の時お父さんが倒れてから、ちょ〜っと変わっちゃったみたい」
すみれが昔を思い出すようにしながら言った。
「リュウみたいな、ね…」
紫苑はぽつりと呟くと、やけにひっかかる右近の態度とすみれの言葉を胸に留めた。
「お坊ちゃま、お客さまですか?」
「あ〜節子さん! こないだ買った宮内庁御用達の羊羹持ってきてよ! 厚めに切ってさ!」
「はい! かしこまりました…」
お手伝いまでいるなんて、本当に資産家なのだなあと、紫苑は自分のことは棚に上げて考えていた。宮内庁御用達、というのも日常会話では使われないだろう。大柄な女中――節子と呼ばれていた――は右近に言葉に頷くと、右近がとり落した志野焼の湯呑の残骸を見て苦笑いを浮かべた。
「坊ちゃま! また旦那様の大切なコレクションを…」
「いいじゃん! 同じ志野焼があろ20個もあるんだし〜」
へらへらと気楽に笑う右近を見て、紫苑たちはもはや呆れて言葉さえも出なかった。まるっきり金銭感覚が違うらしい。

「ちょっと右近!」

女性の声がして、バン、と大きな音をたてて襖が開く。
「ああ〜っ! また壊したのね? お父様が知ったら…」
金髪にピアス、それに随分派手な格好をしている、というのが紫苑の第一印象だった。右近が蒔姉さん、と呼んでいることから、あまり似ていないが彼の姉なのだろうと察する。続けて黒髪にややきつい印象を受ける女性が続き、右近のへらへらした態度に、腹を立てている様子もない。
「そいつはネジが一本足りないんだから馬に耳に念仏よ! それにお父様だってどうせ寝たきりなんだから、そんな器でお茶を飲めるわけでもないしさ!」
「やめて! 姉さんたち!! お客さまの前でそんなこと!」
姉たちの態度にさらに違和感を募らせながら、紫苑は三人目の右近の姉に目をやった。二人の姉に比べて大人しめで、やわらかな雰囲気をしている。
蒔と碧は三人目――朋江の態度が気に入らなかったのか、言い争いを始める。見ず知らずの他人がいてもお構いなしかと紫苑は呆れ、ため息をつく。暢気に羊羹を食べている右近も右近だが、とさらに深くため息をつくと、嫌な雰囲気を残して立ち去っていく右近の姉たちを見送った。





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