case.18


部屋に入ってきたのは、麦茶をお盆にのせたすみれだった。
「三年前と同じだわ。あの時もあたしたち四人では回れないんだってことに気付かないで、それで全部終わったあとでふと気づいたの……あの蝋燭を受け取っていた手のひとつが幽霊だったってことに…」
すみれの言葉に黙りこくるキンタ、おびえるメグ、妙に冷静なキュウ、圏外にいらいらするカズマ、そして無意識のうちにリュウの腕をとる紫苑。
リュウ本人はいたって冷静で、将棋の駒をつかって何やら謎解きをしている。
入学試験や神隠し村の事件でさえこんなに動揺していなかった紫苑のあまりの動揺に、笑みさえこぼれる。
「なるほど…そういうことか」
駒を動かしていると、ふと笑って、リュウは駒をじゃらりと鳴らした。
「幽霊の正体――…それと、そいつがどうやって化けて出たかもね!」
だから心配ないよ、と紫苑に微笑むと、キンタが「リュウ、オメー霊能者だったのか!?」とボケた。
「そうじゃなくて…」
と、リュウは改めて今回の暗闇寺幽霊事件のトリックがわかったのだと言った。
「トリックって…どんな?」
「トリックと言っても、そんな大げさなものではないよ! ちょっとした心理的盲点を突いた目くらましにすぎない。しかも僕の考えが正しければ、それが可能だった人間は――ひとりしかいないんだ!」
リュウの言葉に、メグがわかったわ! とすみれを振り返る。
「すみれさんね! 怖いから帰るなんて言っていなくなったふりして、こっそり忍法で戻ってきて…あたしの代わりに蝋燭リレーに参加したんじゃないですか?」
「に…忍法ってあのね! あの暗闇寺の回廊の入り口はあそこしかないのよ? いくらなんでも入り口で頑張ってる…紫苑ちゃんはともかく、メグちゃんに気付かれずに入るなんて不可能よ!」
「だよなあ。俺もガキの頃、あの寺に秘密の入り口がないか探したけど見つかんなかったし」
「もっと単純に考えればいい――」
つまり――、と紫苑が消え入りそうな声で会話に参加する。
「つまり、このトリックを仕掛けたのはDDSの誰かってこと?」
「そう! この場合外で待っていたという紫苑とメグは除く」
冷静なら、紫苑はメグが抜けた時点でおかしいことに気がついただろうに…と内心苦笑しながらもリュウはキンタの言葉に突っ込む。
「そもそも、その繰り返した三回というのが変なんだ! 仮にメグの代わりに幽霊が加わって五人で蝋燭リレーをやったとして、こういう具合にキュウが最初の場所に戻ってくるまでリレーを続けるとキンタが次の誰かに蝋燭を渡す機会は四回になるはずなんだ!」
「あっ! ほんとうだ! 五人はいなかったんだよ…幽霊は加わってなかったんだ! …てことはまてよ? ……そっか!」
「さすが数学少年のカズマはピンと来たみたいだね? 紫苑もわかったんじゃないか?」
一度横を向いて紫苑を見ると、紫苑は曖昧に首を振った。
「こいつは簡単なパズルトリックだ。四人のうちの誰かが一人二役を演じていたのさ。そしてそれができたのは――キュウ! 君しかいない!」
リュウが指名すると、キュウは驚いたように「え〜!?」と言った。
「まだとぼけるのかい?」
リュウは将棋の駒を手に取ってキュウのやったことを再現してみせようと言った。
「まず…ここでメグがキュウに蝋燭を渡したあと、メグは紫苑と一緒に外で待つことにした。そしてキュウ、君は何食わぬ顔でちょっとしたイタズラを仕掛けたんだ。
 まず次のカズマに蝋燭をタッチした後、本当なら角を曲がったこの位置で待たなくちゃいけないのに、君は元いた位置まで戻って、メグと紫苑から見えないこの位置でひとまわりしてキンタからの蝋燭が届くのを待ったんだ。そして今度はキンタから蝋燭を受け取ると、角を進んで二つ先の角で待っているカズマにまた蝋燭を渡し、そしてまたひとつだけバックしてこの位置に戻ってキンタを待つ…」
するすると駒を動かしながらの説明はわかりやすく、キンタやメグにも理解できた。
「そうか…。それを繰り返すと、あたかもいないはずの誰かがいるようにリレーが続いてたんだ」
紫苑がやっと本調子に戻ったように呟いた。
「でもそれって、オレじゃなくてもキンタにだってできるじゃん? ほら、最初に受け取った時に二区間進むのさ!」
キュウが反論すると、リュウは自信ありげにそれはできないよと否定した。
「なぜならそこにメグと紫苑がいて、リレーの様子を見ていたんだからね! キンタが次の誰かに蝋燭を渡さずに二区間進もうとすればすぐにバレてしまう。つまり…この単純なパズルトリックを実行できたのはキュウ――…第一走者の君しかいない、ってことになるんだ…!」
リュウのきっぱりとした口調に、キュウがにっと口の端を持ち上げた。
「いや〜バレちゃった、さすがリュウ! 全然怖がってくんないんだもんな〜! せっかくあの紫苑を怖がらせたのに、それじゃこんな単純なトリックばれちゃうよな!?」
テヘ、と表情を崩したキュウに、キンタが制裁を下す。
「にしても、オレもまさか紫苑が怖がるなんて思わなかったよ! リュウと一緒に見破られるんじゃないかって、ひやひやしちゃった!」
「僕が心理トリックって言ったのは、まさにそういうことなんだ!」
キュウの言葉に、リュウが笑った。
「恐れや思い込みは冷静な推理力を奪ってしまう。だから机上のパズルゲームだとしたら一瞬にして答えを見抜いたであろう数学の天才のカズマでさえ簡単にだまされてしまった。紫苑だってそうさ」
ところで、とリュウは苦笑しながら紫苑を振り返る。
「いつまで僕の腕を取ってるつもりなんだい、紫苑?」
「え……? …あ、う、ごめん!」
紫苑は慌ててリュウから手を離すと、真っ赤になった。キンタやキュウがくすくすと笑っている。
「まっ、さすがキュウ。なかなかの心理トリックと言いたいところだけど…いくら推理合宿だからって仲間を驚かせて面白がるなんて――悪趣味が過ぎるぞ!」
リュウの叱責に、キンタとカズマがキュウに襲いかかる。メグとすみれはあっけにとられていたが、紫苑は人知れず安堵の息をついていた。
あ! とすみれがはっとした。三年前の事件で第一走者だった人物を思い出したらしく、どうやら悪趣味ということにもあてはまるようで、誰か尋ねるキンタに、すみれは指を立てて教えてやった。
「アイツよ。キンタが一番苦手にしてた…」
「アイツか……!!」
う、と言葉に詰まったキンタが嫌そうな表情をする。
「確かに…あの悪趣味ヤローならやりかねねーな…」
うなるキンタに、キュウがむっくりと布団から顔を出して、その人物に会いに行こうと言い出した。渋るキンタに、リュウやカズマ、メグまでが賛同し、ついには紫苑も「まあ…会うだけならいいんじゃない? 面白そうだし」という始末で、最後にすみれの駄目押しで、翌日、その人物に会いに行くことになった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -