case.15 |
「私からひとつ質問がある。誰も死んでいないと気づいたのは何がきっかけかね?」 「はい! ヒントは三つありました。ひとつは三郎丸さんの死体がネズミにかじられていなかったことです。小麦粉ボールをあっという間に食い尽くすほど飢えたネズミがたくさんいたのに――前の晩から放置されてたはずの三郎丸さんの死体にはネズミがたかった様子がまったくなかったんです…! 紫苑にネズミも人間が怖いんだと言われてそのことに気付いた瞬間、ひょっとしたらこの事件は本当の殺人なんかじゃなく、二次試験のペーパーテストに続く実戦テスト≠ネのかもって思ったんです」 団の問いにキュウが元気よく返答すると、キュウに続いてキンタが理由を述べた。 「そして二つ目は、俺が廊下で拾ったこのハンカチですよ!」 ひらりと四つ折りにされていたそれをひろげると、妙に特徴的な柄のハンカチだった。 「あっ…それ、オレのハンカチ!」 「――やっぱあんたか、三郎丸!」 即座に反応した三郎丸に、キンタがため息をつく。 「ハンカチまで校章入りで東大ひけらかしてるヘンなヤツはあんたぐらいだろうからな!」 ぺらりとハンカチをみろげてみせると、三郎丸はほっといてくれ、と汗をかいた。紫苑はくすりと笑った。 「しかし…なんでそれがヒントになったのだね? 殺される前に落としたのかもしれんぞ?」 「いえ! 団先生。俺が妙だと思ったのはハンカチそのものじゃなくて――このハンカチについたオーデコロンの匂いですよ! 俺の鼻は人並み以上にきくんです!」 自信たっぷりに、キンタが殺人現場にもこの匂いが漂っていたのだと説明すると、団はなるほど、と感心して呟いた。 「そこでひょっとしたら三郎丸はまだ生きてんじゃないかと野生のカンでピーンと……」 「なーに言ってんだよキンタ! その前にぼくのディテクティヴソフトが肖像画のヒントを弾きだしたろ!」 カズマがふう、と息を吐きながら言うと、団が「それはどういうことだね?」と尋ねた。カズマは得意げにいくつかのミステリ小説を例に引きだし説明しようとしたが、まだ読んでいないというキュウのために説明を省いた。 「それにしても…」 ちらり、とメグが視線を三郎丸に流すと、三郎丸はギクリと身をこわばらせた。 「三郎丸さんまでキャストだったなんて、どういうことですか?」 「そ……それは…」 「補欠合格だったんだよ! そいつは!! 本来なら最終試験に全員参加が決まった時点でアウトだったんだが…」 郷田が鼻で笑いながら暴露すると、三郎丸は冷や汗を流した。 「そんなことだろうとは思ったけど」 紫苑は予想していたのか、さほど驚いた様子もなくふうと息をついた。ところが他のメンバーはそうもいかないのか、メグが驚いたように桜子に向き直る。 「…そ…それじゃ、郷田さんや雪平さんたちも探偵学園の…」 「そう! あたしはAクラスの雪平桜子!」 あらためてよろしく、と強気な桜子の態度に動じることなく、キュウが笑顔で返す。 「私が最終試験を実戦形式にしたのは推理力だけではなく、君たちの悪に立ち向かう正義感と勇気を見たかったからだ! 探偵たるもの、いつ何時、どのような事件や謎に遭遇するかわからない。そんなときひるまずに真相に挑んでゆく勇気が探偵には必要なのだ…! 君たちは、その期待に十分応えてくれた」 団の言葉に、ようやく安堵したような表情を見せる紫苑たち。 「……それではこの場で、学園長である私、団守彦から団探偵学園特設Qクラスの合格者を発表する!!」 顔を引き締めると、団は改めて一人ひとりの名前を呼んだ。 「鳴沢数馬くん!」「はっ…はい!」 「美南恵くん!」「はい!」 「遠山金太郎くん!」「ウッス!」 「天草流くん!」「…はい」 「北条紫苑くん!」「はい」 「――そして、キュウくん!」 振り返った団に、一際大きな声でキュウが元気よく返事をする。 「―――これにて今回の最終試験を終了する! おめでとう! 合格者諸君!!」 嵐が止んだのか、黒雲の隙間から日差しが覗き始めている。紫苑はかすかな希望の兆しに、少しだけ頬を緩めた。 「やったぁ〜!!」 こらえきれずにキュウが叫ぶと、キンタがキュウを担ぎあげた。カズマは胸を弾ませながら興奮しており、メグはうっすらと涙を浮かべて喜んでいる。リュウも静かに微笑んでその様子を見守っており、ふと、輪の中にいない紫苑に気づくと、そっと紫苑に笑いかけた。 「紫苑?」 「あ…リュウ…。よかった、とにかく全員無事合格で」 「そうだね…」 にっこりと微笑み返すと、リュウはどこか安心したように胸をなでおろした。 紫苑たちは、期待に満ちた瞳で見つめる団に気付かずに、嵐の去った海辺で波と戯れていた。 リュウと紫苑は水にはつからずに、少し離れたところから、騒いでいるキュウたちの様子を見て、何かを囁き合っている。 きらきらと輝く夕日が、彼ら六人を祝福しているようだった。 「さすがカズマ、ってとこかな」 「ああ…」 「さて、じゃあ俺らも駅まで歩いていくか!」 立派な出迎えで帰っていったカズマを見送った一行は駅に向かって歩きはじめていたが、紫苑とリュウが立ちつくしているのを見て、一度足をとめた。 「リュウと紫苑はいかないの?」 「いや、僕は…」 「リュウ!」 リュウが口ごもったところで、女性の声がリュウの名を呼んだ。リュウは振り返り、黒髪の若い女の人を「お母さん」と呼んだ。 「なーんだ! 迎えがいるのか!」 納得したように、そのまま車に乗り込むリュウを見送った。 「……紫苑、」 これを逃せば、またしばらく聞く機会は訪れないだろう。 リュウは意を決したように一度踵を返し、紫苑の前に立った。 「どうかした? 帰らなくていいの?」 「ああ、今帰るけれど…。――これ、僕の家の電話」 何といおうか迷った挙句、結局無難な互いの電話番号や住所の交換をしただけで別れてしまった。 今度こそ去っていったリュウの車に、紫苑は不安とも疑念ともつかないような感情を抱き続けていた。 駅に向かう三人と別れると、リュウからうけとったメモ用紙を大事にしまうと、バス停に向かって歩きだした。 |