case.9


「つか、紫苑あいつと顔見知りなのか?」
「別に? 一次試験の会場が同じだっただけだよ」
屋上でリュウを待ちながら、キンタがふと紫苑にたずねた。だが紫苑の返答はいたって普通のもので、その答えにはキュウやメグも驚いているようだった。
「そ、それだけなの?」
「うん。他に何かあると思った?」
「思った……」
どこか落胆したようなキュウの態度に、紫苑はくすりと肩を揺らした。
「お待たせしました!」
と、リュウがやっと屋上へやってきて、準備が済んだことを告げた。
「昨日カズマ君が実演してみせたトリックは、鍵を密室の中に送り込むためにネズミ穴と第二のドアの下の隙間を利用しましたね? ――実は、ここまでは正解なんです」
「えっ!?」
「何だって!?」
リュウの言葉に驚いたのは、紫苑とキュウ以外だった。
「やっぱりそういうことか…!」
「キュウ君も解けたの?」
「ああ! リュウ君がヒントを言ってくれたからね!」
メグにそう返したキュウを見て紫苑はくすりと微笑んだ。
でも、とカズマが鍵に糸を通せる穴はないし、錘を使ったトリックは現実にはなかなか実現しないと反論すると、リュウはそのどちらも使わないのだと言った。
「鍵はこの、ネズミ穴から中に戻してやるだけで自動的に奥の部屋の隅にたどり着くんだ。迷路のように積み上げられた木箱や第二のドアをくぐり抜けてね!」
「そ…そんなバカな! 鍵が勝手に歩いていくとでも…!?」
リュウの言葉に郷田が反論すると、リュウは不敵に微笑んだ。
「歩いてくんじゃないよ……転がっていくんだ。もちろん、平べったい鍵がそれ自体で転がっていくなんてありえない」
「そう――だからちょっと手を加えてやるんです――こんなふうにね!」
紫苑の補助説明に引き続いて、リュウがあるものを取り出した。直径5センチほどの球体をしたものは、やはり紫苑の予想通りだった。
「ボ…ボール!? 粘土か何かで作って固めたボールね!」
「ま、まさかその中に…」
「そう…この中には、先ほど先生から預かった密室のマザーキーが入っている。ボールの直径は約五センチ、あのネズミ穴はもちろん奥のドアの下の隙間も十分通るサイズだ!」
そしてリュウが、さっそくネズミ穴から入れて転がしてみようというが、どうしても納得できないのか、郷田がいまだに食いつく。さらに白峰も、たとえボールがたどり着いたとしても鍵をボールからどうとりだすのか疑問点をあげている。
「死体だけじゃなかったんですよ、白峰さん。中にいたのはね!」
「え?」
白峰の疑問にキュウがそう答え、リュウが早くもボールをネズミ穴の下から差し入れた。
「さ、追跡開始!」
紫苑が一番にドアを開けると、不承不承郷田や白峰も後に続いた。
勢いがなくゆっくりと転がるボールは、木箱に沿うように進んでいた。
「見ろ! もう止まりかかってんじゃねーか! そのまま行けば、そこの角でストップだ!!」
ころころ、ころころと、ボールが転がる。こん、とボールが木箱にぶつかると、郷田はそれみたことかとバカにするが、その時、止まったはずのボールがふたたび転がり出した。
「なっ…!? ま、また動き出した!? そ…そんなバカな…!! なんで止まんねえんだよこいつは…!?」
「傾斜だわ……!!」
郷田の疑問に答えたのは、意外にもメグだった。
「この倉庫の床…ゆるやかな傾斜がついているのよ!!」
そういうこと、といって紫苑が郷田を振り返る。
「そう――見た目にはわからないけどこの屋上全体が、ある一点に向けてゆるやかに傾斜しているんだ!」
「そうか…! その一点ってのは排水口だね!」
「風のせいでみんな気がつかなかったかもしれないけど、一階なんかと比べれば、平衡感覚が少しずれてるはずだよ」
リュウの説明に紫苑が補足する。
「で…でも、この部屋に積み上げられた荷物は? ぼくの時はこの荷物に引っ掛かって鍵が上手く送り込めなかったのに…」
続けて、カズマが昨日の実演を思いだしながら言うと、リュウはひとつ頷いて、図面を見るように促した。
「じっくり見ればわかるけど――床は右奥の隅の一点に向かって傾いていて、一見雑然と並んでいるかのような荷物は、実はボールが転がっていくベクトルを邪魔しない位置に計算しておかれているんだ!!」
「な…なるほど……!」
真木がリュウの推理に感心し、郷田がくやしがっているうちに、ボールは第二のドアの下をくぐって奥の部屋に入っていった。
鍵を開けて奥の部屋に入ってみると、リュウの推理通り、鍵があった部屋の隅にボールがあった。
「なるほど! 今は埋められてしまったが、屋上にこの部屋が立つ前はあの隅が屋上の排水口だったというわけか……」
さすがだ! とリュウを称賛する団に、郷田がそんなことはないと言い張った。ボールが同じ位置にたどり着いたからといって、鍵はボールから取り出せていないからだ。
「――ったく! こんなことぐらいで…」
ひょいとボールに手をのばした郷田を、紫苑が「危ない!」と制止する。何がだ、と問おうとした瞬間、ボールに無数のネズミがかじりついた。
「うわああ!!」
郷田は慌てて飛び退いた。
「だから言ったのに…」
紫苑がため息をつくと、郷田はネズミたちにかじられてなくなったボールから出てきた鍵を見て、まさかと気付いた。
「――そう…調理場から消えていた50グラムの小麦粉と――ひとかけらのバターで固めたボールなんですよ」
リュウの確信的な言いように、思わず誰もが閉口する。
「殺人者・切り裂きジャックはこのようにして二重密室を作り上げたんだ。半世紀前も――そして、」
「二日前も……ね!」
「リュウ君…そして北条君。君たちに一つ質問がある」
最後までぴったりと息の合った推理をみせた二人に、団がたずねた。
「君たちは、犯人の正体にも何か手掛かりを得たのかね?」
「いえ…残念ながら」
「今のところは。――でも、これだけは確信を持っています。この事件の真犯人は我々に挑戦状をたたきつけている――!」
「挑戦状…!?」
リュウの予想外の言葉に、紫苑も怪訝そうな顔をする。
「そう…いくつもの謎をばらまいて、暗闇でほくそ笑んでいるんだ……さあ、解き明かしてみろ――自分の正体を暴いてみろ――と言わんばかりにね」
リュウの言葉に、全員が黙り込んだ。





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