今は滅んだ忍の一族、火影の作りし不可思議な力を秘めた火影魔導具。その一つで、腕に装着するタイプの風神というものが陽炎の手の中にあった。腕に絡める部分には大きな窪みと、それを囲う四つの小さな窪みがあり、指先に巻きつく部分にも一つ、小さな窪みがある。

「頼む」
「ええ。…これが、烈火のためになる」
「……ああ」

風変わりな水晶を、風神の大きな窪みに填める。小玉の水晶をそれぞれ小さな窪みに填め、外れないことを確認する。
影のように揺らめいた陽炎の姿が消え、影界玉に風子が映し出される。シャツの上に上着を着て、短いスカートから伸びた足を抱えて座り込んでいる。幼なじみである烈火と、突然現れた柳の関係に不満を抱く風子に、木の陰から陽炎――影法師――が声をかける。風神の威力を目の当たりにした風子が、にやりと笑った。

「本来なら風神など、この小娘に操れるはずもない。むしろあの玉が威力を相殺している」
《期待はしないのだな》

焔狐の声だけが響く。桔梗は、そっと右目の眼帯に触れると頷いた。

「期待など、するだけ無駄だと知っている」

寂しげに呟くと、影界玉を残して部屋を後にした。数日後に予想される、風子と烈火の衝突を楽しみにしながら。





夜、烈火は風子に呼び出されていた。風子は陽炎のはめ込んだ洗脳装置によって操られ、烈火や、途中参戦した石島土門の言葉にも耳を貸さない。
風神で強大な風を巻き起こし、烈火の炎さえ近寄せずにいた。

《これで良いのか?》
「ああ」
《しかし、仲間になる気配は皆無に見受けられる》
「それは、風子次第だな」

陽炎の残していった影界玉で戦闘の様子を眺めながら、桔梗は焔狐に答えた。焔狐は東雲色の火の粉をまき散らしながら不可解そうに桔梗に体をすりよせる。尻尾がふわふわと揺れ、桔梗の体に巻きつく。

「陽炎は烈火を信じている」
《彼女の息子だからであろう》
「…そう、かもしれん」

烈火の言葉には耳を貸さない風子だが、陽炎の命令に従うように、今まででも特に巨大な竜巻を起こした。風子を中心とする風は、一切を近付けない。烈火や土門は困ったように立ち尽くす。
そんな烈火を挑発するように陽炎が風子の残り時間を宣告する。当然烈火は怒り、止めようとした。風子はまるで聞き入れる様子もなく、烈火の帽子が彼女の足元にふわりと落ちた。

「彼女が信ずるものを、どうして私が疑えよう」
《……変わったのだな》
「そうかもしれん」

焔狐の背に腰掛けると、はらはらと火の粉が散る。

「期待はしないが、信じることにした」
《違うのか?》

焔狐の問いを笑ってはぐらかすと、影界玉を撫でた。
力を持つ風神の技ではあっても、理屈は台風と同じであることを見抜いた烈火が、土門を踏み台に真上から風子のもとへ飛び込んだ。風神に填められた大きな水晶を狙って切りつけ、破壊する。結果として風子の衣服も破れてしまうが、風神の洗脳から風子を解放することに成功する。

《ほう…》
「正直、これをどうにもできなかったら失望だったがな」
《やはり主は、手厳しい》
「そんなことはないぞ?」

くすくすと笑いながら、桔梗は帰ってきた陽炎を迎える。

「…首」

陽炎の頸動脈を見て眉を寄せると、血の付いた小刀を拭って陽炎が困ったように微笑む。その傷口は跡形もなく、それ故その笑顔が不釣り合いだった。

「すみません」
「…私に謝ることではない」
「…そうですね。食事にしましょうか?」

すれ違って、振り返った陽炎が問う。

「……ああ、そうだな」

行こう、と焔狐の背中から降りて、先に立った陽炎の後を追って歩き出した。
影界玉が誰もいなくなった部屋でころりと転がった。

「今の烈火は、火ではなく炎だ」
《――炎?》
「風を得た」

姿を消した焔狐は、声だけを表して桔梗と会話する。囲炉裏のある広い座敷で、桔梗が一人膝を抱えて座っている。

「土もある。燃えるに十分な要素だ」

桔梗はチェックしていなかったが、土門が烈火、柳、風子に加わり、戦力は着実に集まりつつあった。

「ただしこの後、烈火は水を手に入れる必要がある」
《打ち消されるか》
「…どうかな。水を打ち消す術を見つけられるかだ」

立ち上がると、食事の支度をしている陽炎のもとへ歩き出す。二人は並んで、あまり似ていない姉妹のように笑いあった。


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