黒髪の少年が歩いている。ちくちくと針のように尖っていて、さわることを想像するだけで思わず顔をしかめそうになる程だ。その上に、つばを後ろにまわした帽子をかぶっている。
左頬に小さな絆創膏を貼り付け、学ランのポケットに手を突っ込んで堂々と歩く姿は、どこからどうみても学生で、彼、花菱烈火は学生に相違なかった。

《あれか》
「…黙ってろ」

烈火の肩ほどもない背丈の少女が、烈火を遠目に見る。日に焼けていない白い肌を、より無機質に白い医薬用の眼帯が覆っている。

「――あれが花菱烈火。陽炎の息子か」

世界を捉える左目を眇め、上機嫌に歩いている烈火を視界いっぱいに写す。
風に帽子が飛び、流れのまま、少女の両手にすっぽりと収まる。烈火が少女に目を留めた。手に持った帽子を緩やかに投げて返すと、しっかりと受け取り、かぶりなおした上で烈火は礼を言う。

「おう、サンキュー……?」

どこか不思議そうに眉を寄せ、首を傾げた烈火と視線を絡め、少女――桔梗――がにこりと微笑む。烈火は驚いたように目を見開いて、気持ちばかり頬を染めて顔を背ける。
数歩、揃わない歩調で近付き、すれ違い、遠ざかる。
すれ違い様、桔梗は烈火に囁き残す。

「…気をつけろ、烈火。もうすぐだ」
「なっ!?」

静かに鼓膜を侵食する声を残して、桔梗の姿はどこにもなかった。すれ違ったばかりの少女の言葉と行方を探して、烈火がその場に立ち止まり、あたりを見回す。

「…なんだったんだ?」

乱暴に頭をかいて、呟く。

「あぁん? カマトトぶんぢゃねえよ!」

後ろの方から聞こえた、明らかに穏やかではない言葉に振り返り、気の弱そうな少女を見かける。
いっちょ正義の味方でも決めてくるか、と意気込んで烈火は駆けだした。





「烈火……私を唯一殺せる存在」

不良に絡まれた少女、佐古下柳を助けた烈火の姿を黒く濁った水晶玉越しに眺める女の姿があった。肩口に切りそろえられた髪も、裾が長く肌を覆い隠す衣服も真っ黒で、さながら影のような存在。
右手に描かれた不思議な模様を撫でると、黒水晶に触れて姿を消した。まるで影のように揺らめいて。

《陽炎は行ったぞ。行かぬか》
「私の出番は、今ではない」

部屋の隅から、大きな炎の塊とともに、桔梗が姿を現した。東雲色と菜の花色の混ざる炎は、ゆっくりと獣の形を作っていく。一匹の狐の胴体が現れると、火の粉を散らして九つの尾が続いた。
部屋の中をぼんやりと照らしながら、黒水晶を見つめる。そこには、廃墟で花火をする烈火と柳、そして水晶を通して現れた、陽炎と呼ばれる女性がいた。

「私より、陽炎の方が適任だからな」
《胡散臭さは同じくらいであろう》
「失礼だな。…まあ、個人的な想い、だな」

烈火が右腕にはめた鉄甲から、炎が巻き上がる。桔梗の焔狐とは異なる、オレンジ色に近い赤だ。後ろに柳を庇う。

「さて、明日からは学校とやらに行くぞ」
《――霧沢風子か》

黒水晶が、自宅でごろごろと横になる、黒髪でショートの少女を映し出す。自身の目立つ凹凸を気にした様子もなく、漫画をめくりながら煎餅を食している。

「いや、彼女ではない」

風子の姿が消え、水晶の中を闇が渦巻く。

「私だって私怨で動いているからな」
《……水鏡か》
「ああ。…水鏡、凍季也だ」

桔梗がぽつりと呟くと、部屋に影が揺らめいて陽炎が現れた。桔梗の足元に座り込んだ焔狐を見て、陽炎が首を傾げる。

「桔梗様、どうかなさいました?」
「…いや。それより、烈火はどうだった?」

薄く笑って訊ねると、驚いたように目を丸くし、続いて嬉しそうに柔らかく笑みを浮かべた。
水晶の中に、柳を背負って歩く烈火が映し出される。

「立派に、なっておりました」

烈火の前にいたような不気味な人なりは身を潜め、ひとりの母親としての姿がそこにはあった。
うっすらと涙を浮かべる陽炎を見て、桔梗が微笑む。焔狐の背中を撫でると、部屋中の灯りが点った。部屋や家の内外にまで点灯し、広い屋敷が山の中に浮かび上がる。結界の張られた広い屋敷には、二人のくのいちしかいない。

「火影の運命が、動き出す」

黒水晶――火影魔導具・影界玉を、ちらりと紅の炎がよぎった。


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