海沿いの某県、森光蘭の私有地に巨大なドームが建っている。離れたところには宿泊施設、さらに離れた海岸沿いには城を模した建造物がある。
裏武闘殺陣へ招待されたものたちが、案内に従ってぞろぞろと会場へ入っていく。

「出場チームはメンバーの登録をお願いします」

受付で選手登録の紙を手渡され、烈火は一度みなの元へ戻ってきた。
烈火、風子、土門、凍季也の名前を記入したところで視線が桔梗と陽炎に集まる。

「姫はともかく、母ちゃんと桔梗はどうすんだ?」
「出るなら、どっちかしか出れないよね」

ルールを確認したばかりの風子が唸る。受付にいる小太りの男は、森光蘭を思い起こさせる嫌な感じの風貌をしている。
人とすれ違う度になびく髪の下に隠れた眼帯をそっと押さえて、桔梗は首を横に振った。

「私は出るつもりはない」
「……私も出ないわ」

少し思案した末に陽炎も断ると、烈火たちはあからさまに落胆した。

「桔梗も強えんだろ?」
「……まあ、お前たちよりはな。ただ、そうなると柳にもしものことがあったらどうする? そうなったとき、選手であるお前たちに守りきれるのか?」

ぽんやりと笑顔を浮かべている柳に横目を走らせて、桔梗が言う。烈火ははっとしたように息を飲み込んだ。ほとんど揺らぐことのない、真っ直ぐな鈍色の隻眼としばし見つめ合い、四人の名前が書かれた用紙を提出した。
ところが、参加には賭けるモノが必要だと言う。土門の秘蔵ティーシャツや、冗談か分からないような風子の胸を触る権利、などを却下して、受付の男は柳を指差してどうかと言った。烈火たちは森光蘭が治癒の少女目的であることを改めて確認する。

「やります! 私、賭の景品になる!」
「姫!」
「私だって何かしたいよ」

抗議する烈火を遮って、柳が力強く主張する。先日の紅麗の館では散々迷惑をかけた、と。
火影のみんなが守ってくれるという安心感、信頼感を胸に柳は微笑んだ。

「私を…離さないでね、烈火くん」
「ズルいよ、姫。そんなこと言われちゃ、叱ることもできないじゃんか…」

二人のやり取りを通じて、新たに決意を固め直す一行。

「さて、ここであなた方がこの大会に出る資格があるかどうか、試験をさせてもらう」

そう言って受付の男が立ち上がると、火影の周りを屈強な男たちが囲う。体のいい腕試しというところだろう。烈火は一度首をならすとその中へ飛び込んでいった。





開会式の会場は人で混み合っていた。背の高いもの、低いもの。男や女に子供に老人。奇抜な服装や、全身を覆い隠したものなど、不思議な格好をしているものもいる。

「変なヤツらばっか…」
「自分たちをまともだと思っているあたりが残念だな」

土門の呟きにすかさず凍季也が突っ込むと、それを聞いていた風子が凍季也の頭をはたく。受付でも似たようなやりとりをしていたことが思い出される。
すると、突然会場の明かりが消え、ステージに照明が当てられる。浮かび上がったのは露出度の高い衣装に身をつつんだ女性だった。頭に羊の角を模した飾りをつけており、太腿には羊、と書かれている。
前口上、大会のルール確認をしている間に烈火は空と名乗る、一見穏やかな格闘集団と仲良くなっていた。土門たちは呆れたことだとため息をつく。

「それでは本大会主催者より――激励のお言葉です」

女性が袖に下がると、会場が急に騒然とし始める。背後に垂れ下がっていたスクリーンに映像が映し出される。
烈火や風子、土門たちが悪意の滲み出る顔を見ながら笑っていると、凍季也が「人のことをいえた顔か…」と呟いた。柳はそのアップに驚き、陽炎は身じろぎもせずに立っている。

『よくぞ集った! 戦士たちよ……』

ねっとりと耳にまとわりつくような挨拶を述べ、大会の彼にとって表向きの趣旨を説明し、大会全体の説明が終わると会場全体が明るくなった。
誰が死んでも、何が起こっても、表の世界へは伝わらない裏の武闘会。賞品は望むもの全て、その代わりに自らを始めとする命を賭ける。

「……? 陽炎、桔梗は?」

ふと気がついた凍季也が、姿の見えない桔梗の行方を訪ねる。気配を消しているとも思えないし、小柄で人に紛れてしまうことも考えにくい。
凍季也の言葉で、烈火たちも桔梗がいないことに気付いた。

「おお? ほんとだ。いねぇ」
「桔梗様は人混みが苦手だから、今は離れてるわ」
「……そうか」

一つ頷いて、凍季也は俯く。どうして桔梗がこんなにも気にかかるのか、それは凍季也自身にも分からないことだった。


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